質の保障のための枠組み

わが国における福祉・介護サービスの質向上のためのSentinelEvent評価―障害をもつ子どもとその家族にかかわる判例から―

研究要旨

 わが国における福祉・介護サービスの質の確保および向上のための今後の在り方への検討に向けて,障害をもつ子どもとその家族にかかわる判例から,福祉・介護サービスにかかわる問題について明らかにすることを目的とした。

 第一法規法情報総合データベースD1-Law.comを使用して,分析対象となる判例を検索した。判例の検索にあたっては,1. 「障害児」,2. 「養護」・「看護」・「介護」・「ケア」・「サービス」をキーワードとして,該当する判例を検索した。1. のキーワードと2. のキーワードのうち,1つずつをそれぞれ組み合わせて,この2つのキーワードでヒットした判例については,まずすべて内容を確認した。その上で,本研究の目的である福祉・介護サービスに関連しないと考えられる判例は除外し,残る判例のみを最終分析対象とした。

 分析対象となった判例数は,19件(18事案)であり,抽出された判例の内容は,障害をもつ子どもへの【虐待】11件(11事案),【殺人】2件(2事案),【保育園への入園拒否】4件(3事案),【訪問介護中の事故】1件(1事案),【家族介護力の不足】1件(1事案)であった。

 本研究の結果から,障害をもつ子どもと家族に関するわが国の福祉・介護サービスの質の向上に向けて,障害をもつ子どもと家族への保健医療福祉専門職による見守りや障害をもつ子どもと家族にかかわる教員および保健医療福祉の専門職の人権意識やケアに関わる知識・技術の向上,障害をもつ子どもと家族への量および質ともに充分なサービス提供システムがより必要であることが判例により明らかになった。

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A.研究目的

 前年度は,わが国における福祉・介護サービスの質の確保および向上のための今後の在り方への検討に向けて,分析対象をまずは「高齢者」に限定し,判例を用いて福祉・介護サービスの問題に関する実態把握を試みた。この取り組みにより,福祉・介護サービスの質の向上のための検討にあたり,判例を用いることの有用性が確認され,また高齢者をめぐる多様な福祉・介護サービスの質の向上に関連する問題が明らかになった。

 高齢者同様,障害児分野においても福祉サービスは,措置制度から支援費制度へ,そして障害者自立支援法への制度改革により,サービスの量的拡大が図られている。そのため,より質の高いサービス提供に向けて,サービスの質の向上とその確保に向けた取り組みは必要不可欠であり,そのためにはサービスの質の評価を欠かすことができないと考えられる。

 そこで,今年度は,わが国における福祉・介護サービスの質の確保および向上のための今後の在り方への検討に向けて,障害をもつ子どもとその家族にかかわる判例から,障害をもつ子どもとその家族に関する福祉・介護サービスの問題について明らかにすることを目的とした。

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B.研究方法

1.データベースの概要

 第一法規法情報総合データベースD1-Law.comを使用して,分析対象となる判例を検索した。第一法規法情報総合データベースD1-Law.comの収録範囲は,最高裁判所民事判例集1巻~63巻4号,最高裁判所刑事判例集1巻~63巻4号,高等裁判所民事判例集1巻1号~54巻2号,高等裁判所刑事判例集1巻1号~54巻2号,行政事件裁判例集1巻~48巻11・12号,労働関係民事裁判例集1巻~48巻5・6号,家庭裁判月報1巻9号~62巻1号知的財産権関係民事・行政裁判例集23巻1号~30巻4号,判例時報1号~2060号判例タイムズ1号~1311号である。

 判例検索時の判例の収録内容は,昭和28年から平成23年2月3日までに公表された判例書誌,平成23年3月29日(裁判年月日)までの判例本文を収録している。初回検索時(2011年4月13日)の収録判例数は,判例総件数195,801件,要旨総件数334,758件,本文総件数171,801件である。データベースの出版元である第一法規によれば,本データベースはわが国の一年間の判例数約5万件のうち,実務上有用である判例を編集部にて検討・判断の上,年間5000件程度の判例を収載している。本データベースへの各判例の収載は,最高裁判所で抗争中の場合であっても,既に地方裁判所および高等裁判所などの下級審判例の結果が出ている場合は,それらはデータベース中に含まれるようになっている。

2.分析対象事例の選定

 本研究では,判例検索にあたって,以下の手順により検索を実施した。まず,1. 「障害児」,2. 「養護」・「看護」・「介護」・「ケア」・「サービス」をキーワードとして,該当する判例を検索した。判例情報データベースを使用した際には,テーマと関係のない多種多様の判例がヒットする一方,取り上げるべき判例が他のカテゴリーに属して検索が難しいという問題が生ずる。そのため,1. のキーワードと2. のキーワードのうち,1つずつをそれぞれ組み合わせて,この2つのキーワードでヒットした判例については,まずすべて判例の内容を確認した。その上で,本研究の目的である福祉・介護サービスの質に関連しないと考えられる判例は除外し,残った判例のみを分析対象とした。そして,最終分析対象となったこれらの判例の全文を詳細に読み,事案の内容および性質ごとにカテゴリー化した。

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C.研究結果

 第一法規法情報総合データベースD1-Law.comを使用して,キーワード検索を実施した結果,「障害児」・「看護」のキーワードでヒットした判例は147件,「障害児」・「養護」のキーワードでヒットした判例は130件,「障害児」・「介護」のキーワードで抽出した判例数は124件,「障害児」・「ケア」のキーワードでヒットした判例は22件,「障害児」・「サービス」のキーワードでヒットした判例は57件であった。これらのキーワードでヒットした判例の総数は,263件であった。

 そのうち,本研究の目的である福祉・介護のサービスの質に関連しており,本報告の分析対象となった判例数は,19件(18事案)であった。最終分析対象となったこれらの判例については,全文を詳細に読み,以下のようにカテゴリー化した。その結果,福祉・介護に関する判例の内容としては,以下のように大別された。

 抽出された判例の内容は,障害をもつ子どもへの【虐待】11件(11事案),【殺人】2件(2事案),【保育園への入園拒否】4件(3事案),【訪問介護中の事故】1件(1事案),【家族介護力の不足】1件(1事案)であった。それぞれの判例の概要については,表1に示したとおりであった。

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D.考察

 わが国における障害をもつ子どもとその家族への福祉・介護サービスの質の向上のための今後のあり方の検討に向けて,判例を通じて,その実態把握を試みた。その結果,障害をもつ子どもへの虐待,介護により心神耗弱状態にあった母親による障害をもつ子どもの殺害,障害をもつ子どもの保育園への入園拒否や訪問介護サービス中の事故など,子どもの権利侵害ともいえる多様かつ深刻な問題が示された。以下,判例より明らかになった個々の問題について述べる。

 分析対象となった判例の中で最も多かったのは,障害をもつ子どもに対する虐待に関する判例であった。個々の判例における事案の概要をみると,家庭だけではなく,学校や病院,施設など,多様な場で虐待行為は起こっており,かつ実父母や養父母だけではなく,病院職員や養護学校の教諭など,多様な加害者における身体的虐待,精神的虐待,性的虐待,ネグレクトなどの事例が明らかになった。また,本研究で明らかになった事例は,そのほとんどが早期発見されたケースとはいいがたい深刻な状況であった。

 子どもへの虐待のうち,障害をもつ子どもに対する虐待は,虐待という問題の性質だけではなく,被害者が子どもである上に何らかの障害があるため,その発見が難しい場合が考えられる。特に知的障害や発達障害などの状態の子どもの場合は,とりわけ難しい可能性がある。それゆえに,本研究における事例のように,深刻な事例が多くをしめていたと考えられる。

 このような事例を予防かつ早期発見していくためには,家庭だけ,学校だけのみならず,さまざまな立場から障害をもつ子どもとその家族を見守ることが重要と考えられる。特に,障害をもつ子どもの場合,いわゆる健常児と比較して,何らかの医療機関に定期的に受診している場合も少なくない。そのため,障害をもつ子どもとその家族にかかわる保健医療従事者は,障害をもつ子どもとその家族の発するサインを見逃すことがないよう,注意深く見守ることが必要不可欠と考えられる。

 さらに,本研究対象となった虐待事例には,本来であれば障害をもつ子どもを守り,教育する教員や虐待を予防し,早期発見しなければならない保健医療福祉専門職による虐待事例が含まれていた。そのため,このような事例の発生を予防するためには,教員や保健医療福祉専門職への人権意識の向上やケアに関する知識や技術の向上に向けた働きかけも重要と考えられる。

 また,本研究の対象には,障害をもつ子どもの介護を苦にした母親が子どもを殺害するまでにいたってしまった事例も含まれていた。これらの2つの事例の加害者は,中等度の発達遅延の子どもをもつ母親,2人の脳性まひの子どもを抱えていた母親であり,共通して心神耗弱状態にあった。このような状態にある母親や家族が孤立し,介護している家族のみに過度な負担がかからないようにするためには,上述した保健医療福祉従事者による見守りや介護負担軽減に向けたサービス利用は有用な方法の1つであろう。

 その他,障害をもつ子どもの保育園の入園拒否に関する判例もみられた。これは,子どもの障害や疾病を理由とする保育園内での保育が不可能という行政の判断に対し,その取り消しを求めた事案である。しかし,現実問題として,障害をもつ子どもへの保育に代わるサービスは量的に決して充分ではない。そして,本来,どのような障害をもっていても,また両親が働いていても,子どもは必要とするケアを受ける権利を有するものと考えられる。そのため,障害をもつ子どもへのサービス制度はその基盤整備が進められてはきているが,サービスの基盤整備はさらに必要と考えられる。また家族介護力の不足の判例は,母が介護できなくなったがゆえに養護学校の寄宿舎に入らざるを得なくなり,それによる情緒不安定や,訓練不足を理由とした体の変形についての損害賠償を請求した事案であるが,親のみによるケアが難しい場合においても,在宅か施設かの二者択一ではなく,家庭の中でサービスを利用しながらケアを継続できるような量および質ともに充分なサービス提供システムの構築がより必要と考えられる。

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本研究の限界と今後の課題

 本研究の限界としては,以下の点があげられる。まず,本研究の分析対象としている判例は,裁判という形態で争われているという性質がある。加えて,主に判例のデータベースからの抽出であり,上述したように,本データベースへの収載判例数は全判例の約1割程度である。これらの理由により,選択バイアスの可能性は完全には否定できない。しかし,前述のとおり,裁判で争われているからこその意味があり,そして,このデータベースは実務上,意義のある判例については収載されており,本研究の結果へ大きな影響を与えている可能性は低いと考える。

 今後の課題としては,本報告では分析対象を「高齢者」から「障害児」に拡大して,その実態把握を試みたため,今後は,障害者へとさらに対象範囲を拡大するとともに,時系列による分析,さらには判例上にあらわれる事案の内容のみにとどまらない判例中に示されている新たなアウトカムを提示していきたい。

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E.結論

 本研究の結果から,障害を持つ子どもと家族の権利に関わる多様な問題が判例より示され,障害をもつ子どもと家族に関するわが国の福祉・介護サービスの質の向上に向けて,障害をもつ子どもと家族への保健医療福祉専門職の見守りや教員や保健医療福祉専門職の人権意識やケアに関わる知識・技術の向上,障害をもつ子どもと家族への量および質ともに充分なサービス提供システムがより必要であることが判例により明らかになった。

引用・参考文献
  1. いしかわまりこ・藤井康子・村井のり子著.リーガル・リサーチ(第3版)日本評論社2009.
  2. リーガル・リサーチ研究会編集.実践・判例検索―体系志向のリーガル・リサーチ―第一法規.2007.
  3. 下泉秀雄.障害児と虐待.小児科臨床2(39);227-233:2005.
  4. 松澤明美・田宮菜奈子・脇野幸太郎.わが国における社会福祉・介護の法的権利保障の現状―1960-2005年までの判決分析から―日本公衆衛生学会誌.56(6);411-417:2009.

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F.研究発表

 松澤明美・脇野幸太郎・田宮菜奈子.判例からみたわが国における福祉・介護サービスの質のアウトカム評価-サービスの質の向上に向けた疫学的分析から-日本公衆衛生雑誌57(10);376(第69回日本公衆衛生学会総会抄録集)

G.知的財産権の出願・登録状況(予定を含む。)

なし

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日本における高齢者虐待への法的対応と介護政策上の課題、ならびに虐待・暴力法制の各国比較からみえた課題に関する研究

研究要旨

研究目的

 いわゆる虐待問題について、わが国の高齢者虐待(介護問題・介護政策との関連性が深い)への法的対応とその問題点、および各種虐待類型への対応の各国法制比較という主として二つの視点からの検討を行い、本研究班の本年度(2011年度)の中心的課題である福祉・介護サービスの質のアウトカム評価拠点の構築につなげることを目的とする。

研究方法

 今年度の研究目的に従って、まず、Ⅰ-a:わが国における高齢者虐待への法的対応の問題点について検討し、Ⅰ-b:高齢者虐待と介護政策の関係についての検討および問題提起を行う(以上、脇野)。また、Ⅱ-a:高齢者虐待を含む各種類型の虐待・暴力に対応する法制度についての各国比較を行い、Ⅱ-b:そこからみえたわが国の課題について、社会保障法の観点からの指摘を行う(以上、本澤)。これら今年度の研究成果は、今までの成果と合わせ、最終年度における政策提言を検討する基礎資料の一つとする。

研究結果・考察・結論

 Ⅰにおいては、高齢者虐待には、その発生要因として「介護」の問題が介在しているケースが多く、被害者である高齢者のみならず、加害者である養護者に対しても支援が必要な場合が多いこと、また、被害者は成人であり、経済的虐待を伴う場合が多いことから、成年後見制度等の活用とそのための施策が不可欠であること、問題の発見と虐待の発生防止のためのネットワークの構築は不可欠であるが、その中心的役割を担うことが期待されている地域包括支援センターの態勢が必ずしも十分とはいえないこと、ネットワーク構築のあり方については、他の虐待類型との関係も視野に入れた総合的な検討が必要であることなどが示唆された。

 Ⅱにおいては、各国法制の比較検討からみえたわが国の課題として、初期対応(通報・早期発見・一時保護)においては、縦割行政の壁を越えた総合的な通報システムの構築が必要なこと、一時保護には複数の専門職による対応が必要であると同時に、一時保護の手続きにおける司法の関与や行政機関のあり方、行政機関や民間福祉団体と専門職との連携についても検討が必要なこと、中間的対応(継続的・長期的対応のあり方の判断の段階)においては、被害者・加害者双方に対して実効性のある精神的・心理的治療を行うための法整備が必要なこと、長期的対応(親しい関係の構築と自立支援の段階)においては家族政策を所管する国や自治体の機関を確立し、長期的支援の決定後も継続的に相談・助言等を通して当事者に関わっていけるシステムの構築が必要なこと、また、広い意味での虐待の「予防」のためには、家族支援としての育児支援や介護者支援が有効であるが、そのためには、関係諸機関や関係諸施策を横断的にネットワーク化することが必要であることなどが示唆された。

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A.研究目的

 本研究は、いわゆる虐待問題について、わが国の高齢者虐待への法的対応とその問題点、および各種虐待類型への対応の各国法制比較という主として二つの視点からの検討を行うものである。

 各種類型の虐待、とりわけ高齢者虐待については、その発生要因として介護問題が介在しているケースが多く、介護サービスの質向上や、在宅で要介護者を介護する親族等の養護者への対応といった介護政策のあり方が、虐待問題発生の防止とも大きく関わっている。また、虐待発生の防止のためには、ア)通報・早期発見・一時保護といった初期対応、イ)継続的・長期的対応のあり方の判断の段階としての中間的対応、ウ)根本的な問題の解決に向けた長期的対応の各段階において、従来の制度的枠組みを越えたシステムやネットワークの構築が不可欠であり、それが虐待問題の防止、解決、ひいては福祉・介護サービスの質向上にも結び付くと考えられる。本研究は、これらの問題の検討を通じて、今年度(2011年度)の中心的課題である福祉・介護サービスの質のアウトカム評価拠点の構築につなげることを目的とするものである。

 なお、本稿の内容は、2010年度厚生労働科学研究費補助金(政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)基盤研究B「虐待防止法に関する総合的研究」(代表研究者:古橋エツ子名古屋経営短期大学教授)における成果に基づくものである。同研究においては、各種虐待への対応の法制度について、社会保障法からの視点と、各国法制の比較の視点とを基軸に、学際的視点(民法、刑事法、行政法、臨床医学、看護学等)をも踏まえた議論を行い、その成果を学会シンポジウム1、および論文の形2で公表している。本稿は、複数の研究成果を有機的に結合せしめ、それによって各々の研究成果をさらにブラッシュアップし、より有益なものとすることも企図している。

1 日本社会保障法学会第57回春季大会シンポジウム「近親者からの虐待・暴力に対する法制度の課題―各国比較をふまえて―」(2010年5月15日・名古屋大学)、および日本法政学会第113回研究会シンポジウム「虐待防止法に関する総合的研究」(2010年11月27日・琉球大学)。

2 「シンポジウム近親者からの虐待・暴力に対する法制度の課題―各国比較をふまえて―」(日本社会保障法学会編『社会保障法』第26号3頁以下。また、日本法政学会におけるシンポジウムの成果は、同学会の学会誌『法政論叢』第48巻第1号(2011年5月末刊行予定)に掲載予定である。

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B.研究方法

 今年度の研究目的に従って、Ⅰ-a:わが国における高齢者虐待への法的対応の問題点について検討し、Ⅰ‐b:高齢者虐待と介護政策の関係についての検討および問題提起を行った(以上、脇野)。また、Ⅱ-a:高齢者虐待を含む各種類型の虐待・暴力に対応する法制度についての各国比較を行い、Ⅱ-b:そこからみえたわが国の課題について、社会保障法の観点からの指摘を行った(以上、本澤)。

C.研究結果

Ⅰ高齢者虐待への法的対応と介護政策上の課題(脇野)3
はじめに――高齢者虐待防止法制定の背景

 Ⅰにおいては、高齢者虐待への法的対応と介護政策上の課題について検討を行う。このような主題を設定するのは、各種の暴力・虐待類型のうちでも、高齢者虐待の問題は、介護や介護保障制度、介護政策の問題と不可分の関係にあり、この問題の検討が、福祉・介護サービスの質の向上の問題とも深く関わっていると考えられるためである。

 周知のとおり、わが国においては、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下「高齢者虐待防止法」という)を軸として高齢者虐待問題への対応がなされてきている。同法は2005(平成17)年に制定されたものであるが、その背景としては、国内的には昭和60年代以降「老人虐待」、「シルバーハラスメント」といった表現で高齢者虐待問題が次第に顕在化していたこと、その後の1990年代の社会福祉基礎構造改革の過程において、福祉サービスの提供方式が、従来の措置制度から、原則として利用者と事業者との契約方式へと移行し、サービスの提供過程における行政の介入的関与が不十分となってきていたこと、児童虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)など、他の虐待類型に対処するための立法が先行してなされていたことなどがあげられる。また、国際的にも、平成11(1999)年の国際高齢者年を契機として、高齢者虐待防止やそのための法制度の制定への機運がみられるたことも背景の一つとして指摘されよう。ただし、各国において高齢者虐待問題への対応が実際に法制化されている例はまだ少なく4、特に日本のように「養護者」による虐待までをも対象に含めているものは他にあまり類型のみられないところといってよい。

3 本項は、前掲注1の日本法政学会研究会におけるシンポジウムでの報告内容をまとめたものであり、前掲注2『法正論叢』48巻1号に掲載予定である。

4 日本学術振興会科学研究費補助金「虐待防止法の総合的研究―国際比較と学際領域のアプローチを軸に―」中間報告書『近親者からの虐待・暴力に対する法制度の課題―各国比較をふまえて―』(2010)、34頁以下参照。同報告書において、比較の対象としてあげられている諸外国のうち、何らかの形で高齢者虐待に関する法規定を有する国は、アメリカ、イギリス、韓国、中国等少数にとどまる。本シンポジウムにおける検討視角の一つに、虐待防止法制に関する比較法的考察ということがあるが、こと高齢者虐待に関しては、日本の法制度との比較が十分に行える状況にはないことをここで指摘しておきたい(ただしそのことは、日本の法制度やそれに基づく高齢者虐待問題への対応が十分に機能しているということを必ずしも意味しない)。

 以下本項では、まず1において高齢者虐待防止法における高齢者虐待の定義と、わが国における高齢者虐待の状況、特徴等について確認し、次いで2において我が国の高齢者虐待への法的対応とその問題点について指摘したのち、3において高齢者虐待と介護政策の関係について若干の検討および問題提起を行う。

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1高齢者虐待の諸相

(1)高齢者虐待防止法における高齢者虐待の定義

まず、高齢者虐待防止法における高齢者虐待の定義について、虐待の主体と態様に分けて確認する。

1.虐待の主体

 高齢者虐待防止法は、虐待の主体を「養護者」と「養介護施設従事者等」に分けて規定し、これらの者による高齢者虐待を同法における高齢者虐待として定義している(同法2条3項)。これは、同法の正式名称にもみられるとおり、同法が、高齢者虐待の防止は当然として、親族等の養護者の支援をも視野に入れていることによるものと考えられ、先述のとおり、わが国の高齢者虐待防止法制の特徴の一つをなしている。その一方で、対象となる虐待が、高齢者の生活に深いかかわりを現に有する者による虐待に限定され、養護者ではない親族による虐待等は対象とならないといった問題も含んでいる5

 同法における「養護者」とは「高齢者を現に養護する者であって、養介護施設従事者等以外のもの」(同条2項)である6。「養介護施設従事者等」は、さらに「施設従事者」と「事業活動として在宅に派遣された者」に分けられる。この区分については同条5項において詳細に規定されている。

2.虐待の態様・分類

 次に、高齢者虐待防止法で規定されている虐待の態様ないし分類であるが、同法は前述の主体による「身体的虐待、介護世話の放棄・放任(筆者注:いわゆるネグレクト)、心理的虐待、性的虐待」を高齢者虐待として定義している。これらについては他の虐待防止法制と基本的に共通しているが、高齢者虐待防止法ではこれに加えて、先述の主体および(それ以外の)高齢者の親族による「経済的虐待」、具体的には高齢者の財産を不当に処分することもその対象に含めている(同法2条4項)。この「経済的虐待」が虐待の態様の一つとして定義されている点は、他の虐待防止法制と異なる高齢者虐待防止法の大きな特徴の一つであるといえる。

5 日本弁護士連合会高齢者・障害者の権利に関する委員会編『高齢者虐待防止法活用ハンドブック』(民事法研究会・2006)、23頁。

6 この場合の「養護」とは、当該高齢者の日常生活において何らかの世話をしていることと解されている(前掲注2『高齢者虐待防止法活用ハンドブック』23頁参照)。したがって同居しているケースが多いと考えられるが、必ずしも同居している必要はなく、近所に居住しながら日常的な世話を行っている親族なども「養護者」に含まれるものと考えられる。

(2)高齢者虐待の状況

 わが国における高齢者虐待の状況であるが、これについては、厚生労働省による調査結果(「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」)が毎年公表されている。本稿でも平成22年度の調査結果のうち、主要なものを抜粋して掲載した。資料1は養護者による高齢者虐待、資料2は養介護施設従事者等による高齢者虐待についての対応状況等に関するデータである。

 これらのデータのうち、養護者による高齢者虐待については、第一義的な対応機関である市町村への相談・通報件数は漸増傾向にあること(表1)、複数の虐待類型が重複する傾向がみられ(表4)、これが高齢者虐待問題をより深刻化させていると考えられること、被害者の7割近くは要介護認定を受けていることなどの特徴が看取される。また、養介護施設従事者等による高齢者虐待については、そもそも統計上の通報件数、虐待の件数そのものが少ないこと(表9)、通報件数に対し、「虐待」に該当すると認定された件数の割合が少ないこと(表10)、虐待を行ったのは現場の「介護職員」が大半であることなどが見て取れる。これらの調査結果それ自体が、在宅、施設それぞれにおける高齢者虐待およびそれへの対応の問題点を明確に指し示しているといえる。

(3)高齢者虐待の特徴

 このような調査結果も踏まえて、高齢者虐待の特徴として考えられる点を若干指摘しておくこととしたい。

 まず、高齢者虐待、特に養護者による虐待がなぜ発生してしまうのか、これまでの高齢者虐待事例の分析なども踏まえ、その要因として一般的に指摘されているのは以下の諸点である。すなわち、

  • 高齢者に認知症の症状がある、または認知症が疑われる状態
  • 要介護度が重度の場合
  • 夫婦のみ世帯、高齢者と独身の子どもの二人世帯などの小規模家庭
  • 家族の精神疾患、障害など
  • 家庭内の確執、不和
  • 経済的な困窮

等である7

 これらをみると、高齢者虐待の特徴としては、虐待の要因として「介護」の問題が介在している場合が多いこと、ただし、被害者と加害者の関係や家庭の状況は千差万別で、状況に応じた対応が必要であるが、その際、被害者と加害者の関係は非対等である場合が多いこと、被害者である高齢者のみならず、加害者である養護者に対しても支援や援助が必要な場合が多いこと、被害者は成人であり、経済的虐待を伴う場合が多いことから、それへの対応、具体的には成年後見制度や地域福祉権利擁護事業、各種相談事業などの活用とそのための施策が不可欠であること、などが指摘されうると思われる。

7 大渕修一監修『高齢者虐待対応・権利擁護実践ハンドブック』(法研・2008)、31頁。

2高齢者虐待への法的対応とその問題点

 次に、このような高齢者虐待への法的対応と、その問題点につき検討する。虐待への法的対応については、高齢者虐待防止法の規定に即して、問題の通報と発見、対応機関、それに虐待防止のためのネットワークの構築に分けて検討を行う。また、発見・通報と対応機関については、同法は、養護者による虐待の場合と、施設従事者等による虐待の場合とに分けて規定しているので、それに即して検討を行う。

(1)発見・通報

 虐待事案発生時の通報義務は発見者に課されている(同法7条)。通報先は市町村である。これは養介護施設従事者等の場合も同様である。

 先に引用した厚生労働省の実態調査によると、養護者による虐待の場合、それを発見し、通報した者の4割以上は被害者を担当していたケアマネジャーや介護職員であるとされている(資料1・表2参照)。

 この場合のケアマネジャーや介護職員は、当該虐待に関してはいわば第三者である。そして第三者であるがゆえに、かえって養護者による行為が虐待に該当するのかの判断がつかなかったり、仮に虐待に該当すると思われても、それまでに利用者(被害者)や親族との間に構築してきた信頼関係を壊したくないといった現場の担当者特有の意識から、通報や相談を躊躇してしまうケースが多く存在するといった問題点が指摘されている。これについては、現場の職員に高齢者虐待の意義について理解を図ること、現場の職員が時宜を逸することなく相談、通報が行えるよう、対応機関の体制を整備することなどの対応が求められよう。

 また、被害者が公的な介護サービスを利用していない、すなわち、介護サービス事業者が関わっていない虐待事案においては、それをそもそもどのように発見・通報に結び付けるのかといった問題や、加害者以外の親族や近隣住民が虐待を発見しても、どのように対処してよいかわからない、といった問題もある。これらは、他の虐待類型にも共通する問題であるが、その解決には、虐待の予防や発見のための地域におけるネットワークの構築が重要となる(これについてはのちに項を改めて検討する)。

 次に養介護施設従事者等による虐待の場合、ひとつにはやはり問題の発見に結び付きにくいという問題がある。また、それに関連して、虐待が加害者の「職場」で行われるという関係上、その通報はいわば「内部告発」の性質を帯びることとなり、仮に加害者以外の他の職員等によって虐待が発見された場合であっても、通報に結び付きにくいという問題点もある。

 また、当該行為が果たして虐待に該当するのか、その判断の困難性という問題もある。これは養護者による虐待においても指摘したところである。ただ、養護者による虐待の場合と異なるのは、それがプロフェッショナルとしての介護職員等の職務の遂行過程においてなされたものであるという関係上、正当な介護行為や医療行為であるのか、あるいは虐待に該当する行為であるのか、判断が困難な事例が生じる可能性があるという点である。この点、高齢者虐待防止法上の事案ではないが、福岡県北九州市の病院における看護師のフットケアに関する事案は、看護師の行為に対する裁判所の判断が一審と二審で正反対に分かれたという点も含め8、今後の施設従事者等による虐待の判断のあり方についても示唆するところがあるように思われる。

(2)対応機関

 次に、虐待事案発生時の対応機関については、養護者による虐待の場合、発見時は市町村および地域包括支援センターが対応すべきものとされている(高齢者虐待防止法7条、16条、17条等)。想定されている対応の流れは資料3のとおりであるが、問題への対応の実際においては、特に地域包括支援センターに主体的・中心的な役割が期待されている。この点は、市町村と地域包括支援センターとの役割分担を示した資料4からも明らかであるが、これは、制度的には、高齢者虐待防止法の規定のほか、虐待の防止・早期発見のための事業等が、介護保険法に基づく「包括的支援事業」の一環として位置付けられていることによるものである。

 その際問題となるのが、地域包括支援センターの態勢や対応能力である。本来、地域包括支援センターは、保健師・ケアマネジャー・社会福祉士のいわゆる「三職種」を配置することを義務付けられている(介護保険法115条の45第4項、同法施行規則140条の66第2号)。ところが実際には、人員配置基準の例外規定(同施行規則140条の66第3号)により、所在する地域の人口規模の小さなところでは、前記三職種のいずれか、特に、虐待問題や成年後見制度の活用などの相談援助業務において中心的な役割を果たすべき社会福祉士が配置されていない小規模な地域包括支援センターも多数存在している。社会福祉士が配置されている場合であっても、これらの問題、特に成年後見制度のような専門的知識を要する事項について理解が十分でないなど、社会福祉士自体の資質の問題も指摘されている。

8 本件は、看護師によるいわゆる「爪切り事件」として、マスコミ等でも一時大きな話題となった事件である。一審(福岡地裁小倉支判平成 21年 3月 30日)が看護師の傷害罪の成立を認めたのに対し、二審(福岡高判平成 22年 9月 16日)は、一転無罪を言い渡している。

 また、高齢者虐待防止法10条は、養護者による虐待を受けた高齢者について、老人福祉法上の措置を講じるために、市町村が必要な居室、いわゆる「シェルター」を確保するための措置を講ずべきことを規定している。これは、特別養護老人ホーム等の定員枠の拡大等によって対応することとされており、そのためには市町村と特養等を運営する事業者との協力体制の確立が不可欠であるが、それが実現している自治体は、全国的にみても少数にとどまっている。また、この居室の確保に関しては、その分について特養等の定員の超過を認める取り扱いや、介護報酬における「緊急短期ネットワーク加算」といった取り扱いが制度上設けられているが、事業者側にこのことが必ずしも周知されておらず、協力体制の確立に結び付いていないのが実情である。同様に、市町村が行う高齢者の措置入所や、ネグレクトの場合などの居宅での介護などの便宜の供与といった老人福祉法上の措置も、徐々に活用される事例がみられるようになってはきているものの、全国的にはやはり未だ低水準にとどまっており、今後、事案に応じた措置制度の有効かつ適切な運用が必要とされるところである。

 養介護施設従事者等による虐待の場合の対応機関は、市町村と、そこから報告を受けた都道府県となっている。想定されている対応の流れは資料5のとおりである。

 施設従事者等による虐待の場合、問題発見の大きな支障となるのが、「内部告発」の困難性であり、この点は先にも指摘したところである。高齢者虐待防止法もこの点に鑑み、通報者の保護に関する規定を設けているが(同法21条)、通報者の過失による通報を、解雇などの不利益取り扱いの禁止や守秘義務規定の例外としているなど、通報者の保護の実効性という点で問題を残すものとなっている。今後、通報者の保護に関しては、高齢者虐待防止法の規定とあわせ、同法と同時に施行された公益通報者保護法の活用なども視野に入れた施策の検討が必要と思われる。

 また、施設従事者等による虐待の防止や予防のためには、老人福祉法や介護保険法の規定に基づく市町村長や都道府県知事による適切な権限行使(例えばその最も重いものとしては事業者の指定の取り消しなど)が不可欠であろう。これはある意味当然のことであるが、この段階で改めて確認されるべき事項であるように思われる。

(3)高齢者虐待防止のためのネットワーク構築

 高齢者虐待に限らず、虐待問題発生の予防のためには、行政をはじめとする関係機関や民間団体、さらには地域住民などを含んだネットワークの構築が不可欠であるとされる。高齢者虐待防止法もこのことに鑑み、ネットワーク・連携協力体制構築のための国・地方団体の努力義務(関係省庁相互間・関係機関・民間団体の連携強化、民間団体の支援、その他必要な体制の整備・同法3条)、および市町村による連携協力体制の整備義務(法16条)について規定している。また、これらの規定に基づき、具体的にどのようなネットワークが構築されるべきかについて、厚生労働省からイメージが示されている。それによると、問題の状況や段階に応じて、「早期発見・見守りネットワーク」、「保健医療福祉サービス介入ネットワーク」、「関係専門機関介入支援ネットワーク」の3種類のネットワークが構築されるべきものとされているが、これらの「高齢者虐待防止法ネットワーク」をコーディネートし、問題解決の中心的な役割を果たすのは地域包括支援センターであるとされている9。しかし、先にも言及した地域包括支援センターの態勢や状況から、地域包括支援センターのコーディネート力にはおのずから限界があるのが実情であり、このような意味からも、地域包括支援センターの体制整備は急務の課題であるといえる。そして、このような状況を反映して、全国の自治体におけるネットワーク構築の実施率は、必ずしも高いとはいえない水準にとどまっているのが現状である。

 また、民間団体や地域住民といったインフォーマルなセクターをも巻き込んだネットワークを構築しようとする場合、コーディネートを行う自治体や地域包括支援センターの担当者や、自身の縁故や個人的人脈に依拠することになりがちで、その場合、人事異動等で担当者が交代してしまうと、それまでにせっかく構築されたネットワークが崩壊・消滅してしまうという、「地域」に特有の問題もある。対応すべき問題の性質に鑑みれば、それにとどまらない、確固たる組織的・制度的基盤を有するネットワークの構築が不可欠であるといえる。また、このようなネットワーク構築の問題は、単に高齢者虐待だけでなく、他の虐待類型にも共通する問題であり、本シンポジウムのような虐待問題の総合的な検討を通じて、そのあり方が考えられるべきであろう。

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3高齢者虐待・養護者支援と介護政策

(1)高齢者虐待と介護の関係性

 本稿の冒頭でも指摘したとおり、他の虐待類型と比較した場合の高齢者虐待の特徴の一つとして、虐待の要因に「介護」の問題が多分に介在しているという点が指摘されうる。このことは、要介護者を抱える養護者や家族にとって、介護が今なお重い負担となってのしかかっているということを意味、ないし示唆していると思われる。このような状況のもとで、今後の介護保障制度や介護政策のあり方はどのようなものであるべきなのかが、制度実施から10年以上を経て、介護保険制度の大幅な見直しが進められている現段階において、改めて問い直されているといえよう。以下では、このような問題について、高齢者虐待防止法における養護者支援との関連において、ごく簡単にではあるが検討しておくこととしたい。

(2)「養護者支援」(高齢者虐待防止法14条1項)の意義

 高齢者虐待防止法において養護者支援がその内容として盛り込まれたことの背景の一つとして、虐待・暴力問題への「福祉的アプローチ」の必要性に対する認識が国内外において高まりつつあるという点が指摘できる。そこにあるのは、従来の司法的アプローチを通じて、権力的なサンクションによってこれに報いようというのではなく、加害者についても福祉的な対応を行うことによって、虐待問題の解決、あるいは予防を図ろうという考え方である。

9 厚生労働省(パンフレット)「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(2006)、17頁。

 この点、高齢者虐待防止法14条は、「養護者の負担の軽減のため」に市町村が相談、指導その他必要な措置を行うものとしている。これは、高齢者介護の問題との関係でいえば、介護に負担を感じている養護者や家族をどのように支援していくかという、養護者ないし介護者支援の問題として把握することができよう。そして、その際考えられなければならないのは、現在の介護保障制度や介護政策において、養護者や家族はどのように位置付けられているのかという点である。

 昨今、わが国の介護保険制度においては、要介護者の在宅生活の維持・継続をより重視する方向での見直しが進められている10。その際、現在の制度運用の実態や、介護保険財政の観点からして、公的な介護サービスのみで要介護者のニーズをすべてまかなうことは事実上不可能であることは明らかであり、その不足分は養護者や家族の介護によらざるを得ない。このことと、「介護の社会化」という介護保険制度が創設当初から標榜している制度理念との関係をどのように考えるかという問題もあるが、ここではそれはひとまずおくとしても、仮に現行制度のもとで、養護者や家族を所与の介護力として位置付けるのであれば、それに対する社会的・制度的な何らかの評価や、そのための仕組みが必要となってくるものと思われる。そうでない限り、養護者や家族の介護の負担感は解消されず、それが今後も介護を要因とする虐待が繰り返される要因ともなりうるからである。

 この点、介護保険の先輩国であるドイツの家族介護手当金や、家族介護者における介護事故の労災認定制度などは、種々の問題点は指摘されうるにせよ、わが国の制度のあり方に有益な示唆を与えてくれるように思われる。そして、このような介護保障制度や介護政策のあり方を考える上では、高齢者虐待防止法を介護する養護者や家族がどのような問題やニーズを抱えているのかを把握し、それを制度や政策に反映させるための取り組みが重要であることはいうまでもない。このように、高齢者虐待の問題を考える上では、わが国における介護政策のあり方との一体的な議論が今後さらに重要となってくるものと思われる。

10 今般の介護保険制度見直しの大きな柱の一つである「地域包括ケアシステム」の導入も、その一つの表れといえよう。

Ⅱ虐待・暴力法制の各国比較からみえた課題(本澤)
はじめに

 本稿は、公権力の介入が難しい近親者関係11における虐待・暴力について、11カ国の法制度を比較検討した結果からみえた、わが国の虐待・暴力法制の課題を社会保障法的観点から整理するとともに、今後のあり方について研究会メンバーで議論した内容を中心にまとめたものである。したがって、施設等における暴力や虐待は、今回の比較法的考察からは除外されている。もっとも、11か国の法制度を比較検討するといっても、国際的にみても虐待・暴力の明確な定義さえも見出すことはできず、また日本では当然と考えられている被虐待者別の虐待防止法は珍しく、むしろ欧米諸国では児童虐待や配偶者間暴力についてしか法整備がされていない状況にある。したがって、虐待・暴力が各国の法制度においてどのように定義づけられているか、なぜ被虐待者別の法整備がされていないのか、それ自体を比較法的考察の対象としなければならなかった。

 それゆえ、今回のシンポジウム12では、まず各国の虐待・暴力法制に何らかの影響を与えたと思われる国際基準を概観し(金川報告)13、つぎに国家・家族・個人の関係を歴史的に検討し、国家介入の強弱や介入方法の違いについて検討を行った(廣瀬報告)14。そして、11カ国の法制度の比較検討の結果、一般法である民法・刑法で対応する国(フランス)、一般的な特別法である児童福祉法やDV防止法により対応する国(一般の欧米諸国)、被虐待者別に制定された個別の特別法により対応する国(日本、中国)があることが明らかになった(高田報告、片桐報告)15

 なお、本稿では、虐待・暴力は、単なる有形力の行使や遺棄といった「行為」ではなく、親しい継続的関係の歪みに起因するものとして、加害者・被害者の関係性に着目して論じていることを最初にお断りしておく16

11 現代家族の変容により生じている多様な人間関係のうち、継続的に親密な情緒的関係にある者を表すものとして「近親者」を用いている。法的な親族関係を連想させる「家族」、同居生活の場所を連想させる「家庭」という表現を避けたいとの考えに拠るものである。

12 このシンポジウムは、前掲注1・日本社会保障法学会第57回春季大会において開催されたもので、本稿は前掲注2『社会保障法』26号67頁以下に掲載されたものを一部修正したものである。

13 金川めぐみ「虐待・暴力に対する国際基準からの考察」(前掲注2『社会保障法』26号11頁以下)。

14 廣瀬真理子「近親者からの虐待・暴力の定義と位置づけ」(前掲『社会保障法』26号26頁以下)。

15 高田清恵「近親者からの虐待・暴力の早期発見と一時保護」(前掲『社会保障法』26号39頁以下)、および片桐由喜「近親者からの虐待・暴力における保護と支援」(前掲『社会保障法』26号52頁以下)。

16 研究会(科研基盤B・当虐待問題研究会)メンバーの一人である横田光平准教授の論稿も、同様に児童「虐待」を関係性として捉えている(同「関係としての児童虐待と親によって養育される子どもの権利」ジュリ1407号(2010年)87頁)。

1わが国の虐待・暴力法制の特徴

1.虐待・暴力に関する特別法の制定

 国際的にみると、人権保障の観点から、1979年に「女性差別撤廃条約」、1993年に「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」、1989年に「児童の権利に関する条約」など、女性や児童の権利に関する国際基準が提示され、それらは各国のDV防止法制定や児童虐待に関する法制度の整備に影響を及ぼしてきた(金川報告)。わが国においても、これらの国際基準の影響のもと、2000年に児童虐待の防止等に関する法律(以下、児童虐待防止法という)、2001年に配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(以下、配偶者暴力防止法という)が制定され、改正が重ねられてきた(いずれの法律も、2004年と2007年に改正)。

 これに対し、高齢者虐待や障がい者虐待については、深刻な社会問題として認識されてはいるものの、女性や児童の場合と異なり、統一的な国際基準は存在しない。それにもかかわらず、わが国では、2005年に高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(以下、高齢者虐待防止法という)が制定され、2006年の「障がい者の権利条約」を受けて、現在、障がい者虐待防止法の制定が検討されているところである。ちなみに、高齢者虐待の防止に関する法規定を有するのは日本、韓国、中国しかなく、障がい者虐待の防止に関する法規定は中国にのみ存するにすぎない。

 少なくとも、わが国においては、2000年から2005年までの5年間に、児童虐待防止法、配偶者暴力防止法、高齢者虐待防止法が次々と制定されてきた。これらの法律は、虐待や暴力の被害者を対象別にとらえ、特別法により対処しようとしたものである。また、配偶者暴力防止法は犯罪抑止的な刑事法的性格が強く前面に出ており、居住の確保や自立支援といった福祉的側面からの配慮は十分なものとは言い難い。これに対し、児童虐待防止法と高齢者虐待防止法は、児童や高齢者を福祉法が対象としてきた社会的弱者として保護の対象とした上で、家族関係の再構築や福祉施設への収容など福祉的性格を前面に出したものとなっている。このように、一般法である刑法や民法、それらとの関係では一般的な特別法に当たる児童福祉法や老人福祉法により対応するのではなく、一般的な特別法に対する特別法を更に制定することによって、近親者関係における虐待や暴力に対応しようとしたところに、わが国の虐待・暴力法制の特徴があるといえる17

2.当事者の関係性と法的アプローチの違い~通報を例として~

 配偶者間暴力については、加害者と被害者との当事者関係について、その対等性が前提とされている。それゆえ、被害者自らが配偶者暴力相談支援センターに相談することが前提とされ(配偶者暴力3条)、被害者の緊急時の安全確保や一時保護であっても、支援センターが被害者に勧奨をすることとなっている(同7条)。したがって、通報についても、被害者本人が主体であることを前提に、周辺の人達は補助的立場として、努力義務を課せられるにすぎない(同6条)。一般的な人間関係の場合には暴力は単発的であるが、家庭内の配偶者間暴力の場合には、夫婦関係の継続性ゆえに継続的なものとなる。もちろん家庭内における継続的な配偶者間暴力も、その有形力の行使が一定の限度を超えた場合には、単発的暴力として暴行・傷害などの犯罪構成要件事実を構成することになる。しかし、継続的な配偶者間暴力は、むしろ離婚による婚姻関係の解消によって解決するものと一般に考えられてきた18。ところが、離婚によって必ずしも問題解決しないからこそ、法改正によって離婚後における元配偶者からの暴力が規制対象に加えられたのである(同1条)。いずれにしても、配偶者間暴力については、わが国では当事者間の法的対等性を前提に、実際に存在する物理的・経済的力関係の格差について、社会保障法的観点から十分な検討を行ってこなかったように思われる。

 児童虐待については、特に幼少の子どもについては、加害者である親と被害者である子どもとの関係は、物理的にも経済的・社会的にも非対等な関係にある。また幼少の子でなくても、未成年の子については、親権者と親権に服する子との関係であり、当事者関係は法的に非対等な関係である。したがって、児童虐待の被害者である幼少の子ども本人は、法的にも実際上も親の庇護を必要とする絶対的な弱者であり、本人が自ら虐待の被害を申し出ることは期待できない。したがって、周囲の人たちに対して、社会福祉事務所や児童相談所への通報義務が課せられている(児童虐待6条)。もっとも、子どもを単に保護の対象として見るのではなく、権利の主体として見るとの立場に立てば、子どもの成長にともなって、子ども自身が声をあげることを前提に、本人の意思を尊重する保護・救済のシステムがあっても良いのではないかとも思われる。しかし、民法の親権規定が未成年の子を一律に親権に服するとしていることもあってか、また児童福祉法が18歳までの児童を一律に対象としていることもあってか、今のところ子どもの年齢等による別異の定めはなされていない19

 高齢者虐待については、加害者と被害者との当事者関係は、配偶者間暴力の当事者関係と児童虐待の当事者関係との中間的な位置づけになっているといえる。すなわち、高齢者虐待の被害者である高齢者本人は、一定の判断能力を有することを前提に、まずは加害者との対等性があるとされる。しかし、判断能力の衰えにともなって、高齢者は保護されるべき弱い従属的な立場に移っていき、当事者関係も非対等な関係へと変化していく20。したがって、周辺の人達による市町村への通報も、一般には努力義務とされているが、生命または身体に重大な危険が生じている場合には、通報義務とされているのである(高齢虐待7条1項、2項)。このように、一般的には努力義務、例外的には通報義務とされていることからして、当事者関係の法的対等性を前提に、実際に存在する物理的・経済的・社会的依存関係について福祉的配慮をしたものといえる。

17 後日、同様の指摘がなされている(ジュリ 1413号(2010年)64頁参照)。

18 例えば、ジュリ1413号(2010年)72頁の岩村発言参照。離婚原因として「暴力」が直接的に問題とならないのは、その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(民770条1項5号)の一態様と解釈されているにすぎないからである。配偶者間暴力の場合には、いわゆる300日問題に象徴されるように、裁判離婚の前提となる当事者の協議や家裁の調停が難しいケースもあり、民法上の議論としては、離婚原因として暴力を条文上明記すること、離婚の手続保障をどうするかが問題となるものと考えている(私見)。

19 例えば、民法の親権規定の改正にあたって、親権の一時制限や一部制限が議論されているが、子どもの成長にともなって本人の意思や人格を尊重するために、一定年齢以上の子どもについては、親権の範囲を一部制限するとの一般的な議論もあり得るのではないだろうか。具体的には、事理弁識能力との関係で12歳(例えば中国)、または義務教育終了年齢や養子縁組年齢との関係で15歳を目安として親権の範囲を縮小し、子どもが自己決定できる範囲を法的に拡大する(居住、進学、就職など)ことが考えられる(私見)。これによって古橋報告で指摘する18歳問題も、ある程度解決できるのではないだろうか。

20 高齢者虐待における親子関係について、事実上の支配関係はありうるとしても法律関係としては対等平等であり、児童の場合とは前提が違うとの指摘がある(前掲・ジュリ1413号73頁の大村発言参照)。

3.虐待・暴力に対する法的対応のあり方

 このように、わが国の虐待・暴力法制を見る限り、配偶者間暴力は当事者間の対等性、児童虐待は当事者間の非対等性、高齢者虐待は対等性を前提に非対等性を加味しているということができる。もっとも、有形力を伴う暴力がある場合、保護を必要としている人々の人権保護、すなわち弱者保護は国家介入によってのみ達成される。しかし、暴力には身体的暴力ばかりでなく、性的暴力や言葉による暴力もある。そして、これら身体的暴力、性的暴力、言葉に拠る暴力は、虐待の態様として挙げられているものである。暴力が虐待を包摂する大概念であるのか、虐待が暴力を包摂する大概念なのか、結局のところ明確ではない(廣瀬報告参照)。

 いずれにしても、実際に事件が発生している場合には、人権という根っこのところでとらえながら国家権力が直接的に介入すること、そしてそれによって社会的抑止力=広義の予防につながるというのが刑事的対応ということになろう。これに対し、福祉的対応は、専門職等による相談・助言などのソフトな国家介入を前提に、緊急措置としての通報や一時保護などのハードな国家介入を行いながらも、個人の人権・人格を尊重した関係の再構築や新たな関係の構築、さらには当事者の経済的・社会的自立のために必要な居住保障や自立支援を行おうとするものである。したがって、当事者間の非対等性という事実関係に着目するのではなく、たとえ非対等な力関係があるとしても、人間関係としては法的に対等・平等であるとの人権保障の観点に立つべきことになる21。すなわち、虐待や暴力の被害者を保護の対象=弱者とみるのではなく、権利の主体として、個人の人格を尊重すべきであるということになる。このように人権を法的ベースとして、従来からの刑事的法整備とともに、福祉的な体制を整備しようとするのが国際的な流れと言えよう(金川報告および廣瀬報告を参照)。

21 小島妙子「ドメスティック・バイオレンスが方に問いかけるもの」岡野八代『家族(自由への問い(7)』(岩波書店、2010年)137頁以下参照。

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2各国比較からみえた虐待法制のあり方

1. 一般法による対応(フランス)22

 刑法では、親密な関係にある個人と個人であっても、一般の個人と個人との関係として特に区別することはなく、近親者間の虐待・暴力についても、一般の傷害罪・暴行罪・殺人罪を適用する。したがって、配偶者間暴力は親告罪ではなく、通常の事件と同様に捜査・立件が行われることになる。

 民法では、夫婦関係は、互いに人格を認め合った関係であると規定されている。また、親子関係については、児童の人格尊重や愛護される権利などが民法で確認されている23。これらの夫婦関係や親子関係で虐待や暴力があった場合に、これら一般法である民法規定を具体化する方法としては、ガイドラインの作成、裁判所や福祉現場での対応があるとのことである。

 これら刑法や民法といった一般法での対応が可能であるのは、1. 警察・司法と福祉行政との連携、2. 司法・行政と福祉専門職の連携、3. 福祉専門職のためのガイドラインの作成などが実効的に作用しているからである。逆にいえば、これらの諸機関の有機的連携や福祉専門職の専門性が確保されていなければ、一般法である刑法や民法での対応は難しいということになる。

2. 児童福祉法や高齢者福祉法などによる対応(一般的)

 家庭内での親密な関係は、特殊な感情や情緒を伴う関係であり、他人間の関係とは異なることを前提に、一般の個人と個人の関係と親密な関係にある個人と個人とを区別する。刑事法的対応であろうと、福祉的対応であろうと、これが大前提となる。その上で、福祉の対象者・保護の対象者である弱者(児童・女性・高齢者・障がい者)には特別な支援が必要であるとの考えに基づき、児童福祉法、高齢者福祉法、ファミリーバイオレンス防止法などの一般特別法によって、近親者間の虐待・暴力に対応しようとする。そこでは、一般法に対する特別法として、それぞれの法律の中で、親密な関係や虐待・暴力などを定義することが必要となる。

 そして、実際の近親者間における虐待・暴力に対応するにあたっては、1. 警察や司法と対象者別福祉行政との連携、2. 対象者別福祉行政と民間福祉団体との連携、3. 対象者別福祉行政や民間福祉団体と福祉専門職との連携、4. ガイドラインの整備と専門職の専門性が必要とされている。逆にいえば、これらの諸機関の有機的連携や福祉専門職の専門性が確保されていなければ、一般特別法での対応は難しいということになる。

22 フランスにおける法状況について、詳しくは、神尾真知子「<シリーズ>ファミリーバイオレンス海外の動向-ヨーロッパ」ジュリ1411号129頁以下を参照されたい。

23 わが国の民法においても、夫婦の同居・協力・扶助義務、親の子に対する監護・教育義務などの義務を十分に果たしていない場合には、警察や司法などが関与することも可能であるように思われる。また、このような場合には、家族に対する育児支援・介護支援や家族支援として、保健・福祉行政がソフトに関与して行くことも可能であろう。

3. 被虐待者別の個別の虐待防止法による対応(日本、中国)

 一般の個人と個人の関係と親密な関係にある個人と個人とを区別すること、親密な関係や虐待・暴力の定義が必要である点は、上記(2)と同様である。そうであるならば、一般特別法による対応も可能であったはずである。たとえば児童福祉法は、児童の健全育成を法の目的としているのであるから、暴力を受けたり遺棄されたりしている児童を発見したら、速やかに児童相談所に一時保護をしたり、里親委託や養護施設への入所なども可能なはずである。いわゆる「親権の壁」は、監護・教育に対する国家の干渉から私的な親子関係を保護するために構築されたものであり、親が法の予定する適正な監護・教育を行うことが前提となっている。したがって、その前提が崩れた場合には、「親権の壁」はなくなり、子どもの利益を守るために、必要な範囲で国家が後見的に介入するということは、わが国においても法解釈学的に可能である。

 しかし、社会的な家族観や一般法(刑法や民法)について確立されてきた法解釈の壁に対抗するために、また縦割り行政(警察・司法・福祉行政)の壁を乗り越えるために個別の特別法を制定する必要があったものと思われる。そこでは、一般特別法に対する対象者別の個別特別法であるがゆえに、個別法ごとに警察・司法と対象者別福祉行政との関係が法定されることになる。結果として、対象者の枠を超えた諸機関の連携や多様な専門職との連携は難しく、縦割り行政の弊害が生じやすくなる。

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3各国比較からみえたわが国の課題~社会保障法の観点から~

1. 初期対応:通報、早期発見、一時保護

 通報:各国比較からみえた通報のあり方は、児童・高齢者・配偶者に対する暴力・虐待を家庭内の親密な関係におけるファミリーバイオレンスとして対応しようとする姿勢であり、そこでは被虐待者本人および周辺の人達が24時間簡単にアクセスできる総合的な窓口の設置が図られていた(高田報告)。これに対し、わが国の虐待・暴力に関する通報は、既述の如く児童・女性・高齢者によって取り扱いが異なっており、それゆえに対象者別の特別法に従った個別対応となっている。しかし、実際には、夫婦間暴力が児童虐待と複合する場合、あるいは高齢者夫婦間において配偶者間暴力と高齢者虐待とが重複する場合などもあるから、多様な通報システムを有機的に活用することが必要である。限られた人的資源や金銭的資源の中では、縦割行政の壁を超えた総合的な通報システムの構築を考えるべきであろう。利用する側が適切な通報窓口を探すのではなく、通報を受けた側が適切な部署や専門職に繋げることが重要である。

 発見・一時保護:各国で多様な試みが行われている(高田報告)。わが国においても同様である。しかし、一時保護の場所が絶対的に不足しており、そのため最悪の事態を回避するために、加害者の存在しているところで被害者にこわごわと対応している状況がある。親密な関係であるからこそ、一定の時間的・物理的距離をおいてみることが必要である。もっとも、個々の人間関係によって必要な距離は異なるため、適切な時間的・物理的距離を判断するためにも複数の専門職による専門的な対応が必要になる。それと同時に、一時保護の手続きにおける司法の関与や行政機関のあり方、行政機関や民間福祉団体と専門職との連携なども検討しなければならない。

2. 中間的対応:継続的・長期的対応のあり方の判断

 早期発見・一時保護の次の段階として、どのような継続的・長期的対応が適切であるかを判断するために、加害者および被害者に対する専門家による治療と継続的なかかわりが必要となる(片桐報告)。このような虐待・暴力の原因の発見や継続的治療といった中間的対応は、精神科医や心理専門職を中心に行われることになる。たとえば児童虐待の場合には、虐待者と被虐待者との関係を維持しながら、できるだけ家族関係を維持し関係を再構築する方向で、被虐待児の治療を行うとともに、虐待者に対する精神的・心理的治療が行われることになる。わが国においては、被虐待児の精神的・心理的治療だけでなく、虐待者に対する心理的支援も十分ではない24。配偶者間暴力の場合にも、加害者に対して強制的に治療プログラムを受けさせる手段が法的に確立されていない25。これらの点については、諸外国の例を参考に、被害者の精神的・心理的治療を継続的に行うことはもちろん、加害者に対しても実効性のある治療を行うべきであり、そのために必要な法整備を行う必要がある。

 これに対し、被虐待者を元の家庭に戻さず、新たな生活環境や親しい関係を新たに構築する方が良いと判断される場合もある。このような場合には、専門家の判断を根拠に司法判断が行われ、被虐待者は新たな家庭や福祉施設等における生活をスタートさせ、そこで新たな人間関係を構築して行くことになる。ただし、その際にも、元の家庭の近親者との精神的・情緒的関係を完全に断絶するのか、ある程度の時間的・物理的距離を置きつつ、近親者との精神的・情緒的関係の維持・継続を図るのかなど専門家の判断が必要となる。わが国では、特に被虐待児の処遇との関係で、児童福祉法は養護施設入所や里親家庭での養育については規定するが、実親との関係を断絶させる特別養子縁組に関する規定がないなど、長期的対応を決定するために必要な法的・手続き的一貫性がないなどの法的諸問題が指摘されている26

24 西澤哲「子ども虐待-虐待傾向のある親の心理の理解と支援」ジュリ1407号(2010年)100頁など参照。

25 岩井宜子「保護命令制度の新設と配偶者暴力相談支援センター」ジュリ1409号(2010年)167頁など参照。

26 日本家族<社会と法>学会第22回学術大会・シンポジウム「施設・里親による子の監護と親権」家族22号(2006年)24頁以下、第25回学術大会・シンポジウム「特別養子制度20年:子どもの幸せを求めて」家族25号(2009年)39頁以下など参照。

3. 長期的対応:親しい関係の構築と自立支援

 児童虐待や配偶者間暴力、障がい者虐待の場合には、被害者が自立した個人として生活して行けるように、居住を確保するとともに、教育支援や就労支援をする必要がある。高齢者虐待の場合には、単純な自立支援としての就労支援等ではなく、安心して日常生活を送ることのできる居住の確保と日常生活支援が主たるものとなろう。いずれにしても、長期的対応の段階では、従来の社会保障制度で考えられてきたように、ニーズに応じた社会保障給付を行うことにより対応することが考えられる。

 しかし、わが国では、既述の如く虐待や暴力の被害者に対する中間的対応が不十分であるため、長期的対応に繋げるための司法機関と行政機関との連携が必ずしも十分ではなく、また被害者が児童か配偶者か障がい者か高齢者かによって行政機関の管轄が異なるなど、行政機関相互の連携も不十分である。児童・配偶者・障がい者・高齢者が親密な関係の中で暴力や虐待の被害者となる場合については、当事者間の親密な関係性に着目して諸施策を総合的・包括的に組み合わせる必要がある。このような社会政策を超えた総合政策としての家族政策は、その概念すらもわが国には定着しておらず、それゆえ諸外国における家族政策を管轄する国や地方自治体の省庁等も存在しない状況である27。現存する人的・物的資源や社会保障給付を有効活用するためにも、わが国でも家族政策を所管する国や自治体の機関を確立し、長期的対応の決定後も、継続的に相談・助言等を通して当事者に関っていけるシステムを構築する必要がある。

4. 広義の意味での「予防」

 長期的対応として挙げた家族のための横断的な総合的施策としての家族政策の一つである育児支援や介護者支援は、大きな意味で近親者間の虐待・暴力の予防(広義)に役立つことになる。しかし、近親者間の虐待・暴力の広義の予防策としての家族政策は、予算対効果を短期間に要求する現在の財政システムや従来の箱もの行政には馴染まないものである。しかし、家族は当たり前に存在するものではなく、社会や国家の支援によって正常に機能する最も重要な人間関係であることを確認した上で、関係諸機関や関係諸施策を横断的にネットワーク化することが必要である28。育児や介護を精神的・情緒的に支えるために重要な存在である近親者の関係性は、わが国の社会保障制度にとっても重要だからである。

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おわりに

 最初にも指摘したように、わが国の虐待・暴力法制の特徴は、諸外国と比較した場合、被虐待者別に虐待・暴力防止に関する個別の特別法が存在している点にある。そのメリットは、個別法の対象者や対象となる虐待・暴力の態様が明確に法文上定義されることにある。これに対しデメリットは、定義から漏れたり狭間に落ち込んだりするケース29、定義が重複するケース30などが生じ、そうした場合には管轄が不明確になり、被害者の救済が難しくなることである31。

 わが国が被虐待者別の虐待・暴力法制を維持しようとする場合、上記のようなデメリットをできるだけ除去ないし緩和することが必要である。そのためには、対象別による縦割り行政の弊害を生じさせないように、司法機関・行政機関(福祉機関や警察など)・福祉団体やNPOなどの民間団体の連携・協力体制を構築するとともに、責任主体が不明確とならないように全体のコーディネ-タとしての中心的な存在が必要である。そして、継続的な中長期的対応を可能とするためには、継続的な治療や支援とともに、それを支える専門職の数と質の確保、さらには諸外国の例を参考にしたガイドラインの作成などが必要である。さらには、これらの諸施策を総合的かつ継続的に実施して行くために、国・地方自治体・地域における総合的な支援体制を構築することも必要である32。

 これらの課題については、今後も研究グループにおいて学際的・比較法的検討を進め、具体的な解決策を模索していきたいと考えている。

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D.結論

 Ⅰにおいては、高齢者虐待には、その発生要因として「介護」の問題が介在しているケースが多く、被害者である高齢者のみならず、加害者である養護者に対しても支援が必要な場合が多いこと、また、被害者は成人であり、経済的虐待を伴う場合が多いことから、成年後見制度等の活用とそのための施策が不可欠であること、問題の発見と虐待の発生防止のためのネットワークの構築は不可欠であるが、その中心的役割を担うことが期待されている地域包括支援センターの態勢が必ずしも十分とはいえないこと、ネットワーク構築のあり方については、他の虐待類型との関係も視野に入れた総合的な検討が必要であることなどが示唆された。

 Ⅱにおいては、各国法制の比較検討からみえたわが国の課題として、初期対応(通報・早期発見・一時保護)においては、縦割行政の壁を越えた総合的な通報システムの構築が必要なこと、一時保護には複数の専門職による対応が必要であると同時に、一時保護の手続きにおける司法の関与や行政機関のあり方、行政機関や民間福祉団体と専門職との連携についても検討が必要なこと、中間的対応(継続的・長期的対応のあり方の判断の段階)においては、被害者・加害者双方に対して実効性のある精神的・心理的治療を行うための法整備が必要なこと、長期的対応(親しい関係の構築と自立支援の段階)においては家族政策を所管する国や自治体の機関を確立し、長期的支援の決定後も継続的に相談・助言等を通して当事者に関わっていけるシステムの構築が必要なこと、また、広い意味での虐待の「予防」のためには、家族支援としての育児支援や介護者支援が有効であるが、そのためには、関係諸機関や関係諸施策を横断的にネットワーク化することが必要であることなどが示唆された。

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