法学の視点から

死体検案データからみた悪性新生物終末期ケアの問題点

研究要旨

研究目的

悪性新生物の死亡事例の内「異状死体」の扱いを受けた事例に注目し、その 実態を調査し、悪性新生物終末期の医療サービスのソフト面の現状における問題点の考察 を試みた。

研究方法

山形県と東京都区部の検視・検案データを用いて、新生物死亡者の検案数と 死亡者の生活環境を調査検討した。

研究結果・考察

東京都区部では山形県に比較して、原死因が新生物と検案された事例 の病死検案数に対する割合が高く、年齢階層も高齢が多かった。山形県おいて悪性新生物 の部位は消化管>肺の順番で、家族構成は複数家族が多かった。さらに異状死体扱いとな る推定理由は家族や医療サービス機関が患者の終末期の状況を把握していないことが考え られた。これらのことから、検診システムの充実から始まり、悪性新生物患者の在宅終末 医療においては、医療サービス制度の充実のみならず、患者や家族の実情に合わせた対応 や病診連携が求められ。患者や家族に様々な制度や情報を周知提供が必要であると思われ た。

結論

死亡者の社会環境が東京都区部と山形県の地域差を生じていると考えられた。山 形県では死亡者とその家族を取り巻く地域医療支援制度の、患者・家族の実情に合わせた 詳細で機動力のあるハードないしソフト面の活動が必要であることが示唆された。

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A.研究目的

 平成20 年の我が国の死因統計では癌などの悪性新生物の死亡者数が342963 人(人口10 万人当た り死亡率が272.3)と昭和56 年以来死因順位第1位となっており、第2位心疾患181928 人と第3位 脳血管障害127023 人を引き離している。一方、遺伝子解析を含めて悪性新生物の医療水準は飛躍的 に高くなり、在宅医療などの在宅サービス制度や緩和医療のシステムも充実してきている。

 悪性新生物は虚血性心疾患や脳血管障害等に比較して経過が緩徐であり、医療計画の立案し易い と思われがちであるが、死亡までの経過が長期間となり、特に終末期の在宅医療では家族の身体的・ 精神的・経済的負担が重くなるために、特に高齢者世帯を中心に様々な医療制度の周知も重要であ る。また経過は緩徐であるが、長期間の経過の後に出現する終末期の循環障害等の急激な変化への対応も要求される他に、患者本人のQuality of life(QOL)の維持も重要な課題である。

 在宅医療制度の主眼の一つは、「畳の上で安らかな終末を迎える」ことであり、このことは医学的 にも異状な状況ではないはずである。しかしながら、前述したように悪性新生物の患者の場合は長 期間にわたる患者本人と家族の負担が増加する可能性があり、多様な医療資源の十分な活用が必須 である。ところが、現実には福祉・介護サービスのNegative な転帰として、最悪の場合自殺や心中 さらに介護殺人など生じてきている。また、これら最悪の転帰に至らなくても、福祉・介護サービ スに課題を投げかける事例に孤独死や介護者の疲労や認識不足に基づく「放置された死」等がある。 これらの実態を把握し、悪性新生物の主に終末期のケアの評価を試みる一つの手段として、異状死 体の検案事例に着目した。

 異状死体とは確実に臨床診断が下されている内因性疾患で死亡した死体以外のすべての死体を指す。異状死体は、本義が「死亡経過が異状」ということであり具体的な定義が曖昧となりがちであるが、前述した「外因死や、死因や死亡経過が不透明な事例」という点で「福祉・介護サービスの Negative な転帰」をとった事例では、この異状死体扱いとなる場合も生じうると考えられる。

 前述した様に、悪性新生物の死亡例では本来異状死体扱いとなることは稀であるはずであるが、 異状死体の検案・解剖事例には①医療過誤や介護に伴う傷害事件、②終末期の急変により救急医療 機関に搬送され、医療情報の不十分な状態で死亡確認がなされた事例、③かかりつけ医や在宅医療 サービス機関と連絡がとれなかったり、往診などのサービスが行われず、前項②等の様に医療情報 の乏しい状況で死を迎えた事例 等がみられる。

 本研究では悪性新生物の死亡事例の内「異状死体」の扱いを受けた事例に注目し、その実態を調 査し、悪性新生物終末期の医療サービスのソフト面の現状における問題点の考察を試みた。

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B.研究方法

 平成18(2006)年から平成20(2008)年に山形県警察本部刑事部で取り扱った検視事例4819 体の検 視データベースおよび東京都監察医務院事業概要より同期間東京都監察医務院で取り扱った東京都 区部の検案38165 体の統計資料、さらに平成18(2006)年から平成22(2010)年山形大学医学部法医学 講座で実施した法医解剖で得られた404 体分のデータを基礎資料とした。

 これらの基礎資料より、死因の種類が「病死及び自然死」で原死因が新生物あるいは悪性新生物 である事例の検案数を算出した。また、山形県の基礎資料より、新生物の原発臓器、死亡者の家族 構成、事例概要から推定される異状死体扱いとなった理由の類型化を試みた。

(倫理面への配慮)
情報の匿名化に配慮し、事例と本文の内容が連結しないよう、事例の詳細内容の記載は控えた。

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C.研究結果

1.山形県と東京都区部との地域差

 死体検案総数は山形県4819 人に対し、東京都区部は38165 人と都市規模に基づく差は著 しいが、「病死及び自然死」の検案数の検案総数に対する割合は山形県64.9%に対して東京 都区部69.3%と大きな差はなかった。しかしながら、病死に対する新生物の割合は山形県 2.2%、東京都区部と4.4%と差がみられた。(表1)

 また、年齢階層別にみると、山形県では60~70 歳代にピークがみられるのに対して、東 京都区部では70 歳代以上とより高齢者の死亡事例の割合が多かった。(表2、図1)

表1 山形県と東京都区部との地域差(2006~2008 年)
 山形県(人)東京都区部(人)
検案総数 4819 38165
病死検案数 3128 病死の検案総数に対する割合   (64.9%) 26458 病死の検案総数に対する割合   (69.3%)
死因が新生物の検案数 68 新生物の病死に対する割合    (2.2%) 1171 新生物の病死に対する割合   (4.4%)
表2 年齢階層別の新生物検案数(人)
年齢階層29歳以下30-39歳40-49歳50-59歳60-69歳70-79歳80歳以上総数
山形県 0 1 3 6 8 25 25 68
対全年齢( %) 0.0% 1.5% 4.4% 8.8% 11.8% 36.8% 36.8% 100%
東京都区部 6 16 43 144 341 373 248 1171
対全年齢( %) 0.5% 1.4% 3.7% 12.3% 29.1% 31.9% 21.2% 100%


図1 地域毎にみた新生物検案数の年齢階層比率(%)

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2.山形県における新生物死亡者の検案事例

 表1に示した様に、山形県における2006~2008年の死因が新生物である死体検案数は 4819体であったが、既往疾患や原疾患に悪性新生物がある検案死体数は287体であった。こ れらのうち解剖検査が実施された事例は4体であった(図表なし)。

 死因が新生物であった検案死体の新生物の原発部位は表3に示した通りで、消化管が最 も多く、肝・胆・膵を含めた消化器系腫瘍が半数以上を占めている反面、多発臓器腫瘍や 発生臓器不明の検案事例も5体みられた。

表3 新生物の原発臓器(体数)
1
頚部・乳腺 2
20
消化管 22
肝・胆・膵 13
腎・泌尿器 3
生殖器 2
多発・不詳 5
合計 68

※脳を除き悪性腫瘍

 死亡者の家族構成は表4に示す通りで、独居生活者の比率は少なく、複数家族が最も多 かった。また老人施設入所者も2体みられた。

表4 死亡者の家族構成
独居 8
2人(夫婦・親子) 25
複数家族 33
施設入所 2
合計 68

 検案データの事例概要から、警察に通報された経緯は、「悪性腫瘍の既往歴はあるが、同 居家族・医療関係者が死亡前後の状況を把握していない。」事例が39 体と最も多かった。

 一方、合併症により急変して予想外の死を迎えた事例も18 体や死亡者が「医者嫌い」で 医療機関にかかっていなかった事例も3体みられた。尚、これらのうち発見が遅れ死後変化相当生じていたと考えられる事例は2体に留まった。

表5 異状死体扱いとなった主な理由(体数)
悪性腫瘍と診断されていないため、
死因不明
2  
経過が急激であり、
医学的整合性に疑問がある。
18  
死亡者が医院受診を拒否し、
医学的情報が得られない。
3  
悪性腫瘍の既往歴はあるが、
独居生活で死亡前後の状況不明。
5 死後経過時間4日以上が1体
悪性腫瘍の既往歴はあるが、
同居家族・医療関係者が死亡前後の
状況を把握していない。
39 死後経過時間4日以上が1体
その他 1 外泊中
合計 68  
3.山形県の法医解剖事例にみる新生物死亡者

 2006~2010年の5年間で、解剖死因が飽き性新生物と判定された事例は8体で、死因の 内訳は消化管4体、膵臓2体、甲状腺、子宮が各々1体であった。いずれの事例でも在宅 医療サービスは受けていなかった。また、解剖により悪性腫瘍が発見された事例が5体、 悪性腫瘍の診断がなされていたが通院せず放置して死亡した事例2体みられた。(図表なし)

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D.考察

 悪性新生物で死亡した死体検案事例の割合は両地域共低かったが、東京都区部は医療機 関に恵まれている一方、独居老人も多く医療サービスを充分に受けられなかった事例や救 急搬送などにより病診連携が機能しなかった事例が多いことにより、異状死体扱いになる 事例の割合が山形県よりも多かったのではないかと推定される。このことは、機動力が低 い高齢な独居老人が多いと思われる東京都区部の方が、医療サービス制度の盲点により、 より高齢な悪性新生物患者死亡事例の割合が多くなったと考えられる。

 山形県における新生物による死亡事例の検案データを詳細にみると、原発臓器は消化管 が多く肺がこれに続き、人口動態統計にみる一般の悪性新生物死亡者の部位別順位が、胃・ 結腸>肺・気管>肝である事実と同様の傾向を示している一方、胆管癌・膵臓癌等の様に 早期発見が難しい悪性腫瘍が多いことも特徴的である。この事実と同居人が多い世帯にお ける死亡事例が多いこと、異状死体扱いとなった経緯が「悪性腫瘍の既往歴はあるが、同 居家族・医療関係者が死亡前後の状況を把握していない。」事例が多いことから、以下のこ とが推察される。すなわち、悪性腫瘍の末期で心肺停止に際して、かかりつけ医や在宅医 療担当医を持たない事例、救急搬送によりかかりつけ医以外の医療機関で死亡確認された事例、かかりつけ医と連絡がとれなかった事例、同居家族が医療サービス制度や対処の仕 方を知らなかった状況が推察される。一方、法医解剖事例では、医療サービスを受けてい ない事例や悪性新生物に罹患していることが生前わからなかった事例が多く、検診システ ムの普及方法にも工夫が必要と思われた。

 以上の調査から導き出される提言としては、悪性新生物の医療支援には検診制度のソフ ト面での充実に始まり、行政や医療機関は今後長期にわたり住民の家族関係や地域社会に おける人間関係などの実情に合う強力な機動力が必要とされ、特に終末期においては救急 医療機関も含めた密な病診連携が求められるものと思われる。

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E.結論

 山形県・東京都区部の死体検視・検案・法医解剖データから、悪性新生物により死亡し た死体の検案事例について、悪性新生物の原発部位、死亡者の死亡に至るまでの生活状況 を調べた。その結果、死亡者の社会環境が東京都区部と山形県の地域差を生じていると考 えられた。山形県では死亡者とその家族を取り巻く地域医療支援制度の、患者・家族の実 情に合わせた詳細で機動力のあるハードないしソフト面の活動と連携が必要であることが 示唆された。

F.研究発表

なし

G.知的財産権の出願・登録状況(予定を含む。)

なし

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