介護者家族の介護に対する感情

介護保険による居宅サービス受給者の家族介護者の肯定的感情に関連する要因

研究要旨

研究目的

日本を含め先進諸国において、高齢化に伴う介護の問題は大きな政策課題と なっている。日本の在宅介護の多くを担っているのは家族であり、家族介護者の介護に対 する感情の評価は日本の高齢者介護を検討する上でも重要である。これまで、否定的側面 の研究は多数蓄積されているものの、肯定的側面を評価した研究はあまりない。本研究の 目的は、在宅で高齢者の介護を行っている家族介護者介護肯定感に関連する要因を明らか にすることである。

研究方法

本研究は、日本のつくば市において実施された横断的調査データを用いた。 郵送法による自記入式調査は全在宅要介護者3310 名から無作為抽出された1821 名に対し 実施された。最終分析対象者は435 名であった。要介護度や要介護になった原因などの要 介護者の特性と、介護して良かったか、介護期間、介護方針における意見が反映されてい るか、介護者の主観的健康感などの要介護者と主介護者の特性について調査した。介護肯 定感の関連要因を明らかにするために、多重ロジスティック回帰分析を行った。

研究結果

介護肯定感に正の関連を示した変数は、介護方針の決定に際して介護者の意 見が反映されていること(OR:3.96,95%CI:2.08-7.57)、介護者が健康であること (OR:2.26,95%CI:1.12-4.45)であった。介護肯定感に負の関連を示した変数は、嫁が介護を していること(OR:0.38,95%CL0.18-0.75)、認知症高齢者を介護していること (OR:0.39,95%CI:0.20-0.77)であった。

考察・結論

本結果は、介護者のempowerment と健康管理への支援、介護肯定感を持 てないハイリスク者である嫁および認知症を有する高齢者の介護に注意していくこが必要 であることを示唆した。日本の介護は,文化や伝統に基づいた介護が未だに残っている。 今後のアジア諸国における高齢化への対応の先駆者として、これらの課題に対応している ことが求められる。

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A.研究目的

 先進諸国において、高齢化に伴う介護の問題は大きな政策課題となっている。先進諸国 のなかでも日本の高齢化率は23.0%であり[1]、世界の国々の中でもトップである。さらに 高齢化の速度が速く、2055 年には高齢化率が40.5%に達すると推測されている[2]。高齢化 率の急激な増加と同時に、要介護高齢者人口の急増も予測されている。

 日本、中国、台湾、韓国など東アジア諸国では、儒教の考えに基づき、高齢親の面倒は 子どもが見るものであるという考えが、人々の中に根ざしている[3-5]。2007 年に政府が実 施した調査では、日本で行われている介護のうち70%[6]が家族によるものであると報告さ れている。要介護高齢者と同居している家族介護者のうち、ほとんど終日介護している人 は22.3%であり、最も介護レベルの高い者の場合は52.7%である[6]。また、女性の介護者 の割合は71.9%[6]であり、女性による介護が多く行われていること[5]や、70 歳以上の介 護者は34.1%で、介護者が高齢化していることも日本の特徴である。一方、核家族化によ って、家族の規模が小さくなり、1986年に15.3%であった三世代同居率は2009年には8.4% に減少している[7]。加えて、女性の社会進出により、家族による介護機能が低下している ことが指摘されている。そして、このような変化は家族介護に対する価値観の変化をもた らすことが報告されている[5]。

 近年、在宅で高齢者を介護する家族の精神的側面に関する研究が数多く報告されている。 先行研究の多くは、介護負担感などの介護者の否定的側面に焦点が当てられてきた[8-10]。 一方で、肯定的側面が存在することも明らかになってきた。しかし、肯定的側面の研究は 否定的側面の研究に比べて数が少ない。肯定的側面の研究が報告されるようになったのは 1989 年である。米国のLawton は、否定的側面と肯定的側面を同時に測る指標を用いた Caregiving Appraisal を作成した[11]。肯定的側面を測定する指標にはcaregiving mastery とcaregiving satisfaction を用いていた。Lawton の研究が報告されて以降、 gain[12]、meaning of caregiving[13, 14]、enjoyable[15]、rewards[16]などの指標を用い た介護者の肯定的側面に関する研究が報告されるようになった。肯定的側面との関連要因 では、「uplifts」と女性、要介護者との関係性[17]、「gain」と低教育、身体的健康、問題解 決能力[12]、「satisfaction」と男性、一週間の介護時間が多いこと[18]、低収入、低教育[11]、 要介護者との関係に満足していること[19]、「meaning of caregiving」と介護役割への不満 [14]、「enjoyable」と低介護負担、ソーシャルサポートへの満足度、高収入[15]、「reward」 と介護者の高齢、低教育[16]などが明らかになっている。このように、近年、介護に対する 肯定的側面に関連する要因の研究が報告されるようになったが、これらの研究の多くは欧 米諸国で行われたものである。環境や文化は、人種や民族性に比べて家族介護者の介護評 価に大きく影響する[21]ため、日本など文化の異なる東アジア諸国における肯定的側面の研 究が求められる。

 しかし、東アジア諸国における介護の肯定的側面に関する研究は、欧米諸国に比べて少 なく、そのほとんどは日本で行われた研究である。日本で行われた研究によると、肯定的 側面を測る指標として、「報酬[22]」、「介護充実感[23、 24]」、「自己成長感[25]」が用いられている。肯定的側面に関連する要因では、「介護充実感」と介護者の年齢が高いこと、訪 問看護の利用率が高いこと[23]、介護者が健康であること[24]、「自己成長感」は妻より娘 が高いこと[25]、が家族介護者の「self-efficacy」と、介護者の健康状態、生活満足感、家 族関係の満足感[27]が関連していたことを報告した研究がある。

 このように、介護の肯定的側面に関連する要因の研究がみられるようになったが、一部 の概念や様々な測定指標が用いられており、その関連要因についての統一見解は得られて いない。加えて、これらの先行研究は、いずれもSelf help group の会員[23、 28]や訪問看 護利用者の家族介護者[25, 29]など、対象者が限られている研究である。一方、認知症高齢 者の介護者を対象とした質的研究によると、介護者は「内的統制」「自己表出」「方略の探 索・選定」「課題との調和」の対処様式locus of control をもつことが報告されている。この 結果から、家族介護者の介護に対する意見が反映され、主体的に介護を行えることは、肯 定的側面に関連する可能性がある。しかし、家族介護者が意見を反映できているか否かと 介護に対する肯定的側面の関連要因をみた研究はない。

 本研究では、肯定的側面を包括的に表す言葉として日本で汎用されている「よかった YOKATTA」という概念を用いて介護者の介護に対する肯定的感情を評価し、その関連要因 を同定することを目的とした。要因の選択には、先行研究で関連が示された要因だけでな く、介護者の意見の反映を加えた。本研究は、日本の介護保険制度の保険者である市町村 によって行われた研究でおり、独特な日本文化の中での家族介護者が肯定的側面の関連要 因の同定が期待できるだけでなく、介護者支援のあり方を検討するためのエビデンスをつ くることにもつながるかもしれない。

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B.研究方法

1)対象

 A cross-sectional citywide survey は、介護保険の保険者である日本の1市であるつくば 市で行われた。つくば市は、日本の首都である東京から北東におよそ31 miles に位置する ルーラルエリアと準アーバンエリアが混在する市である。人口は2008 年時点で約20 万人、 高齢化率は15.5%であった[30]。

 無記名自記式の質問紙調査票は、2008 年1 月、つくば市で介護保険による何らかの居宅 サービスを利用していた全ての要介護高齢者3310 名から無作為抽出された1821 名に郵送 された。回答者は、要介護者の特徴については、要介護者、不可能な場合は家族介護者、 主介護者の特徴については主介護者であった。

2)調査項目

 質問紙調査では、要介護高齢者の基本属性に加え、世帯や家族介護者の特性について調 査された。要介護者の特性では、要介護者の性・年齢、世帯状況、要介護度、要介護状態になった原因、要介護期間、介護保険料、定期的に医師の治療を受けているか、定期的に 医師の治療を受けているかを収集した。家族介護者の特性では、主介護者の性・続柄・年 齢、主観的健康感、介護方針の決定に際して介護者の意見が反映されているか、いざとい う時に助けてくれる友人・知人の数、そして介護に対する肯定的感情をもっているかを収 集した。

 介護に対する肯定的感情については、「介護をしてよかった」かどうかを調べた。まず、 その構成要素として、Cohen らの分類[15]とLawton の’Caregiving Appraisal’[11]を参 考にして、「improvement of disease condition」、「deeping of relations」、「happiness which be felt grateful」、「sensation of repayment」、「other」の5 つの要素、そして「have not felt good for care」を設定し、その有無を確認した。「other」については内容の記載を求めた。 本研究では、1~5 が1 つ以上あった場合を「介護してよかった」あり(以下、介護肯定感 あり)と定義した。この‘YOKATTA’という言葉は、日本で肯定的側面を包括的に表現す るために汎用されている言葉であり、英語では‘It was good’や‘I’m so glad on it’の 両方を含む表現として汎用されている。

3)分析対象

 888 件の調査票が返信された(回収率49.2%)。このうち、介護の肯定的側面に関する質問 項目が未回答であった者(n=258)、要介護高齢者を介護する介護者の状況を見るために、 要介護者の年齢が40~64 歳であった者(n=21)を除外した。加えて、要介護者および介 護者の特性に関する主要な項目(要介護者の性・年齢、主介護者の続柄・年齢、要介護度、 介護期間)、介護者の肯定的感情に関連すると考えられる要介護になった原因、介護方針の 決定における介護者の意見反映、主介護者の主観的健康感、定期的に医師の治療を受けて いるかに未回答であった者(n=174)を除外した。その結果、最終分析対象者は435 名で あった。

4)分析方法

 家族介護者の介護肯定感の有無に関連する要因を調べるために、まず、chi-square test を用いてunivariate analysis を行った。univariate analysis の後に、最終的な関連要因を 同定するために、多重ロジスティック回帰分析を行った。モデルには、univariate analysis において介護肯定感の有無と統計的に有意な関連(p≦0.20)が認められた変数を投入した。 加えて、要介護者の性・年齢、主介護者の続柄・年齢、要介護度、介護期間は、調整変数 として強制投入した。関連の強さは、crude odds ratio (OR) および 95% confidence interval (95% CI)により示した。ステップワイズ法を用い、有意水準は、投入基準、除外基 準ともに20%に設定した。すべてのデータ分析は、SAS statistical software package (SAS version 9.1; SAS institute Inc., Cary、 NC、 USA)を用いた。

(倫理面への配慮)
本研究の実施にあたっては、筑波大学人間総合科学研究科研究倫理審査委員会の承認を得 た。また、茨城県つくば市高齢福祉課が実施した調査データの提供を受けるにあたっては、 書面によりつくば市と正式な契約を結んだ。

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C.研究結果

 Table1 は、要介護高齢者・主介護者の特徴を示している。要介護高齢者は男性が177 名 (39.3%)、女性が264 名(60.7%)であった。要介護高齢者の年齢は85 歳以上が最も多く163 名(37.5%)、次いで80~84 歳で118 名(27.1%)であった。要介護者の要介護度は、要介護3 が最も多く119 名(27.4%)、次いで要介護2 で110 名(25.3%)であった。要介護になった原 因は、「高齢のために除々になった」が114 名(26.2%)、「脳卒中」が104 名(23.9%)であっ た。介護期間は3~5 年未満が118 名(27.1%)と最も多く、次いで5 年以上で112 名(25.7%) であった。主介護者の年齢は50 代が最も多く143 名(32.9%)、次いで60 代で115 名(26.4%) であった。主介護者は嫁が一番多く121 名(27.8%)、次いで妻111 名(25.6%)、既婚の娘80 名(18.4%)であった。

 Table2 は、介護肯定感の有無で分けた要介護高齢者・主介護者の特徴を示している。介 護肯定感あり群は351 名(80.7%)、介護肯定感なし群は84 名(19.3%)であった。単変量解析 の結果、介護肯定感の関連要因は、主介護者の続柄(p=0.017)」、「要介護になった原因 (p=0.005)」、「介護方針の決定における介護者の意見反映(p<0.001)」、「主介護者の主観的健 p="0.003)」「定期的に医師の治療を受けているか否か(p=0.038)」であった。</p">

 Table3 は多重ロジスティック解析の結果を示している。介護肯定感に正の関連を示した 変数は、介護方針の決定に際して主介護者の意見が反映されていること(OR:5.05、 95%CI:2.60-9.87)、主介護者の主観的健康感が高いこと(OR:2.02、 95%CI:1.02-3.93) であった。介護肯定感に負の関連を示した変数は、主介護者の続柄が嫁であること(OR:0.42、 95%CI:0.21-0.82)と、要介護になった原因が認知症である高齢者を介護していること (OR:0.36、 95%CI:0.18-0.70)であった。

 Table4 は介護してYOKATTA と思う要素を示している。YOKATTA という感情がある主 介護者の中で、「病状・症状の改善」と回答したのは121 名(27.8%)、「人間としての絆の深 まり」は74名(17.0%)、「感謝される喜び」は57名(13.1%)、「恩返しの気持ち」は74名(17.0%)、 「その他」は25 名(5.7%)であった。続柄別に見てみると、夫・妻・嫁・既婚の息子・既婚 の娘・未婚の娘は「病状・症状の改善」に最も多く回答していた。未婚の息子は「恩返し の気持ち」に最も多く回答(41.7%)していた。「人間としての絆の深まり」に回答した割合が 一番高かったのは夫婦で、夫婦全体の25.6%が回答していた。「感謝される喜び」と回答し た割合が一番高かったのは嫁で、嫁全体の19.8%が回答していた。「恩返しの気持ち」と回 答した割合が一番高かったのは実子(既婚の息子・未婚の息子・既婚の娘・未婚の娘)で、実 子全体の30.7%が回答していた。

D.考察

 本研究の結果は、在宅要介護高齢者の家族介護者の80%が介護肯定感ありに回答したこ とを示した。介護肯定感に正の関連を示した要因は、「介護方針の決定に際して主介護者の 意見が反映されていること」、「主介護者の主観的健康感が高いこと」であった。一方、介 護肯定感に負の関連を示した要因は「主介護者が嫁であること」、「要介護になった原因が 認知症の高齢者を介護していること」であった。これらの理由について、介護者要因と要 介護者要因に分け、以下に考察していく。

 まず、介護者要因では、介護方針の決定に際して主介護者の意見が反映されていること が、介護肯定感に正の関連を示した。主介護者の意見が反映されるためには、主介護者自 身が意見を持ち表現する力があることが必要であり、この力は、先行研究で述べられてい るcaregiving mastery、 locus of control、 self-efficacy のような介護者自身が持つ能力や 行動力であると考えられる。例えばLawton は、caregiving mastery を「a positive view of one’s ability and ongoing behavior during the caregiving process」と述べている[31]。 主介護者が自信を持ち、介護に対して何らかの意味づけをしていたり、対処能力を有して いたりすれば、介護を前向きに捉えられ、介護をしてYOKATTA と思えるのではないだろ うか。しかし、主介護者が意見を表現しても、意見を反映させられる環境にいなければ意 見の反映は実現しない。高齢者と家族介護者の介護に関する意思決定の満足度は、高齢者・ 家族介護者の関係性に関連があった[32]との報告がある。要介護者との関係性が良好であれ ば、主介護者の意見は反映されやすい。主介護者の意見を反映するためには、家族が主介 護者の意見を尊重する姿勢を持つことや、家族間で話し合いを行うことが重要だろう。ま た、本研究の対象者は、介護保険の居宅サービスの利用者であり、ケアマネジメントを行 う介護支援専門員care managers との関係性もあげられる。介護支援専門員が対応困難な 事例として、家庭内の意見の不一致[33]、要介護者や家族のサービス受け入れ拒否、要介護 者・家族と介護支援専門員の意見の不一致[34]があげられている。本研究では、主介護者に 関係する人との関係性についてのデータを得ていないため、このことを検証することはで きない。しかし、主介護者が介護に意味を見出し、主体的に介護を行える環境を作ること は、介護者が肯定的感情をもって介護を行うために重要であることが本研究結果から示唆 された。

 主介護者が自身を健康だと感じていることは、介護肯定感に正の関連を示す結果となっ た。先行研究では、家族介護者の健康状態は介護の楽しみ、介護満足、介護充実感に関連 していると報告されている[24, 35-37]。また、家族介護者の健康状態の低さは、介護負担感 に関連する要因でもある[38]。さらに、介護負担感と介護時間や外出の有無[39]が関連して いたことから、介護者の自由な時間がないことが、介護者の健康状態の低さにも関連した 可能性がある。先行研究では、介護者の健康状態と趣味の有無は関連が強いことや、女性 介護者は非介護者に比べて気晴らしが少ないこと、健康診査を受診していないこと[40]が明らかになっている。これらの結果から、介護者が健康であるためには、介護者が介護から 離れる時間や健康診査に行く時間の確保が必要であることが示唆される。その時間を確保 するためには、介護者が受診しやすい健診を設定すること、介護支援専門員がケアプラン を作成する際には、介護者が自分のために使える時間を確保すること、健診日にデイサー ビスを利用するなどの配慮が求められる。

 主介護者である嫁が、舅または姑を介護していることは、介護肯定感に負の関連を示し た。これまで、主介護者が嫁であることと介護負担感の関連要因は多くの研究で報告され てきた。日本では、戸主が家の統率権限を握る「家制度」が1947 年に廃止された。しかし、 日本の民法では、直系血族および兄弟姉妹は互いに扶養する義務があることが定められて おり、現在も「嫁は夫の親の面倒をみるべき」という信念が残っている。先行研究では、 妻が介護者になっても、夫が介護者となることは少なく、他の続柄からの嫁への圧力は特 に強いことが報告されている[41]。本データにおける介護肯定感ありの内訳によると、夫婦 が「人間としての絆の深まり」、実子が「恩返しの気持ち」に多く回答したのに対し、嫁は 「感謝される喜び」と回答した割合が19.8%であり、他の続柄に比べてその割合が多かった。 婚姻によって夫の親と生活を共にした嫁は、生まれたときから要介護者と生活を共にして きた実子に比べて、介護に対して肯定的感情を持ちにくく、感謝の気持ちを表現するよう な配慮が必要なのかもしれない。先行文献では、嫁が在宅介護破綻の関連要因であったこ と[42]や、嫁による姑への介護は、娘による介護に比べて死亡リスクが高いこと[43]が明ら かになっている。現在のように嫁が介護するのは当たり前という日本古来の考え方を改善 するとともに、肯定感をもてずに介護をしている嫁を介護から短時間でも解放するような サービスや公的介護協力者の確保などの整備をしなければ、日本の高齢者介護の問題は解 決しないのかもしれない。

 次に、要介護者の要因では、要介護になった原因が認知症である高齢者を介護している ことが、介護肯定感に負の関連を示した。認知症と介護負担感の関連を示す研究は多数蓄 積されており[44-46]、特に要介護者の問題行動が介護負担感に最も関連する要因であるこ とが明らかになっている。本研究では要介護者の問題行動に関する情報を収集していない ため、この関連を検証することはできないが、要介護者の問題行動が困難であることが結 果として介護肯定感に影響した可能性は考えられる。

 要介護になった原因が認知症であるのは、2001 年は約31 万人に対し、2007 年には2 倍 の約61 万人となっている[6]。つまり、認知症が原因で要介護状態になる高齢者の家族介護 者の増加に伴い、介護肯定感を持つことができない家族介護者が増加する可能性が考えら れる。現在、日本において認知症高齢者の家族介護者への支援は、市町村の任意事業とし て行われている。そのため、実際に提供されている事業は、市町村によって様々である。 本研究の対象となったつくば市では、徘徊行動の見られる認知症の高齢者の家族介護者に 対し、位置情報を知らせる端末の貸出を行っているが、介護者を対象とする支援プログラ ムは行われていない。今後さらに支援を充実させていくことが必要であろう。

 最後に本研究の限界について述べる。第一に、この研究で使用したデータは日本の1つ の市で調査されたものである。本研究で対象としたつくば市の高齢化率は2008 年時点で 15.5%[30]であり、同じ年の全国の高齢化率(22.1%)に比べて低く、この結果を日本全体に 一般化することができないかもしれない。しかし、65 歳以上の高齢者に限定してみると、 要介護認定率は、全国が2008 年時点で16.0%[47]に対し、本研究で対象とした市は15.1% [30]である。要介護高齢者の占める割合に大差はなく、要介護高齢者の特徴の違いへの影響 は少ないと思われる。二番目に、有効回収率が49.2%であり、質問項目ごとに欠損値が存 在した。そのため、選択バイアスの可能性がある。本研究は、市の全要介護高齢者から無 作為抽出を行っており、ある程度のサンプルサイズは確保されていること、主介護者の介 護肯定感の高低の分布ではなく、介護肯定感の有無を従属変数として関連要因をみている こと、さらに、分析段階では可能な限り交絡要因の調整を行っており、このバイアスの影 響は少ないと信じている。これらの限界はあるものの、これまで明らかになっていなかっ た介護者の意見反映と介護肯定感の関連をはじめて明らかにしたこの研究は、日本だけで なく、急速な高齢化が進む東アジア諸国で効果的な家族介護者を支援するシステムを開発 する上で、policy maker や介護専門家の助けになるであろう。

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E.結論

 本研究では、日本にあるつくば市の在宅要支援・要介護高齢者の家族介護者における介 護肯定感の関連要因を明らかにした。介護肯定感に正の関連を示した変数は、「介護方針の 決定に際して主介護者の意見が反映されていること」、「主介護者の主観的健康感が高いこ と」であった。介護肯定感に負の関連を示した変数は、「主介護者が嫁であること」、「要介 護になった原因が認知症である高齢者を介護していること」であった。

 本結果は、介護における介護者自身のempowerment と健康管理を支援しつつ、介護肯 定感を持てないハイリスク者である嫁および認知症を有する高齢者の介護に注意していく こが必要であることを示している。日本には、諸外国に比して、介護者を直接対象とした 支援策は国家レベルで制度がない。加えて、日本の介護は、文化や伝統に基づいた介護が 未だに残っている。今後のアジア諸国における高齢化への対応のtop runner として、これ らの課題に対応していることが求められる。

F.研究発表

  1. 論文発表
    投稿中(Journal of Aging Research)
  2. 学会発表
    小林美貴, 田宮菜奈子, 伊藤智子, 柏木聖代. 在宅要支援・要介護高齢者の家族介護者にお ける介護肯定感および介護負担感の関連要因. 第69 回日本公衆衛生学会総会(東京).平成22 年10 月.

G.知的財産権の出願・登録状況(予定を含む。)

  1. 特許取得
  2. 実用新案登録
  3. その他

なし

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