不穏時の事故予防

不穏状態の判定手段として用いる非観血的バイタルセンシング技術のための基礎研究

研究要旨

 本研究は、心理的ストレスを客観的で簡易に非観血的に測定できる生体情報を得るため の計測・評価法の開発を試みた。評価は、指尖容積脈波の数理解析により、心理的ストレ ス評価の可能性を目的とした。対象者は、健康な成人40 名を対象に、心理的ストレス負荷 としてStroop Color Word Conflict Test (CWT)による実験を行い、以下の結果を得た。

  1. 指尖容積脈波から得られた加速度脈波の揺らぎ解析によって得られた自律神経系活動 は、一般的に行われている心拍変動と強い相関がみられた(rs>0.9)。
  2. CWT 中、心拍数と呼吸数が有意に増加し(p< .01)、心理指標の混乱が有意に増加した (p< .05)。生理指標と心理指標の両方から、CWT によって心理的ストレス状態が誘発 された。また、CWT 中にHF(副交感神経活動の指標)が有意に低下し(p< .01)、LF/HF (交感神経活動の指標)が有意に増加した(p< .001)。これらの変化から、心理的スト レス負荷により副交感神経活動が抑制、交感神経活動が賦活されたことが捉えられた。
  3. 指尖容積脈波のカオス解析により、CWT 中はカオス性が高くなったことから、生体が ストレスに対応し、活発に反応したことが確認された。また、心理的負荷を受けたこ とによって交感神経活動賦活と指尖の血管縮小が起こり、血流量の減少がみられた。
  4. 脈波の揺らぎ結果と、心理指標との関連については、ストレス対処能力の高さと活気、 肯定感と負の相関が見られ(p< .05)、疲労や抑うつとは正の相関が見られた(p< .01)。 またカオス指標と心理指標の関連について、不安とCWT 中の最大リアプノフ指数に正 の相関が見られ(p< .05)、混乱とCWT 中のエントロピーに正の相関が見られた (p< .05)。指尖容積脈波から解析されたカオス指標は、情動を反映する客観的な生体情報の指標となる可能性が示唆された。 以上より、指尖容積脈波を解析することにより、心理的ストレス状態を評価できる可能 性が見出された。

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A.研究目的

 現代社会において、人々はさまざまなストレスを受けており、過度のストレス負荷は 種々の疾患と密接な関連があることが報告されている。ストレスという言葉は、1936 に カナダの生理学者Selye が「生体に侵襲を加えると刺激の種類にかかわらず、生体に非特 異的な反応がおき、この反応は、最初は5 有利であるが長期間持続するとむしろ不利にな る。」というストレス学説を発表したことから、主に生理学的な意味で用いられるように なった。Dunbar (1935)は、虚血性心疾患の発症と進展に心理的因子が関与することを明 らかにし、心理的ストレスは虚血性心疾患のリスクファクターの一つであることが示され ている。また、生活習慣病との関連も多くの疫学調査によって報告されており、高度の心 理的ストレスを慢性的に受ける職種では、高血圧や動脈硬化をきたしやすいことが言われ ている。

 Cobb and Rose(1973)は、強い心理的ストレスのかかる航空管制官ではアマチュアパイ ロットに比べて高血圧の頻度が約4 倍多いことを報告した。久保(2001)と安保(2003)は心 理的ストレスが免疫機能低下の原因になっていることを示した。このように、特に産業保 健の場において心理的ストレスと多くの疾患との関連が示されているが、看護の場におけ る心理的ストレスへの対処としては、患者のストレスに対する行動やコーピングパターン などの行動系反応をアセスメントすることに留まっており、内在する個々のストレスを客 観的にとらえ、病態に結びつけて評価する方法の開発や研究が積極的になされていない。 疾患を引き起こす要因となる心理的ストレスを、バイタルサインのように看護における客 観的な情報としてとらえることができれば、スタッフ間での情報の共有化やエビデンスに 基づいた効果的な看護介入が実現し、ストレス関連性疾患の発症を未然に予防することが 可能となる。また、意識レベルの低下やコミュニケーション障害、物理的距離の問題など によって患者の主観的訴えを得ることや直接的なかかわりが困難な看護場面において、客 観的なデータに裏付けされた心理面の評価指標がコミュニケーションの手掛かりとなり適 切な援助を行う上で非常に役立つものと考えられる。

 そこで、本研究では、心理的ストレスを客観的で簡易に非観血的に測定できる生体情報 を得るための計測・評価法の開発を試みた。

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B.研究方法

 本研究は、実験への協力が得られた健康な男女48 名(女性38 名、男性10 名)を対象 として実験を行い、生理指標のデータ欠損があった者と除外基準の該当者、計8 名を除い た男女40 名(女性31 名、男性9 名)を研究の分析対象とした。主観的ストレスを認知し 意思や感情を表出することができる健常者を対象とした。対象者にはマウス操作が右利き であること、漢字の識字が可能であること、本研究で行うものと同様のStroop Color Word Conflict Test (CWT)を受けた経験がないことをあらかじめ確認した。また、実験前にでき るだけ普段通りの生活をし、実験前日の夜更かしや過度の飲酒、極度の身体的疲労を伴う 活動は避けること、当日は食後2 時間経過した状態で実験を行うことを依頼した。正確な 心電図測定のため実験の同意を得た後、身につけている金属類を全て外してもらった。

 選定基準は次の通りである。

  1. 18 歳以上の健康な男女であること
  2. 非喫煙者であること
  3. 色覚異常のないこと
  4. 心疾患などの基礎疾患がないこと
  5. 服薬中でないこと
  6. 妊娠中や妊娠の疑いのないこと

 除外基準は次の通りである。

  1. 計測器の誤作動により生理指標の計測ができなかった者
  2. 安静時の呼吸数が12 回/分より少ない者
  3. 負荷前安静時のPOMS でT 得点が一つでも25 点以下、または75 点以上の尺度がある者(活気尺度の75 点以上は除く)

  データ収集期間は、2010 年9 月30 日~2010 年10 月31 日に行った。実験デザインは、1 群事前―事後テスト)。実験室は、筑波大学構内の実験者と対象者以外の人の出入りがなく静 音が保てる部屋とし、椅子の周囲の空間をパーテーション(パラマウントベッド株式会社)により区 切り、視覚的な刺激が最小限となるよう条件を統一した。実験室内の温度は22.8±1.4(℃)、湿度 は51.7±11.3(%)であった。照度は明暗の対照が著しくなく、ディスプレイの明るさと周辺の明るさ ~ 39 ~ の差をなるべく小さくした。直接又は間接的に太陽光が入射しないよう窓にはブラインドを設け、 眩しさを生じさせないように調整した。適宜対象者に声かけをし、個別性や当日の天候を考慮し た好適環境下で実験が行われるよう調整を行った。(図1)

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C.実験方法

1) 実験手順

実験プロトコルは、図2 のように設定した。

 手順は以下のとおりである。

  1. 実験室へ入室後、実験の説明を行い研究参加の同意を得られた者に実施した。
  2. 実験室に慣れる時間を十分にとり、基本的属性把握の質問調査用紙(付録-1)とSOC、POMS、DAMS の心理評価を実施した。
  3. 各質問用紙記入後、背もたれ、肘置きのある椅子に深く腰掛け、デスクトップ型パーソナルコンピューター(DELL 社,Vostro 230,21.5 型ワイドモニター,画面解像度:1920×1080)を設置した机に向かった。椅子の右肘側に配置した作業台上にマウスパッド(サンワサプライ株式会社,ジェルマウスパッド MPD-GEL20BK )を敷き、その上にマウス(DELL 社製オプティカルマウス)を置いた。また、ディスプレイ画面の両側にスピーカー(サンワプライ株式会社,MM-SPU1BK)を設置した。
  4. 各測定器の装着を行った。リネンなどを用いて最小限の肌の露出で心電図の電極を胸部に貼り、心電計本体を衣類の上から胸部に装着した。血圧計のマンシェットを左上腕に巻いた。また、腕型のスポンジを椅子の手すりに置き左前腕がなるべく動かないよう固定してから、左第三指に指尖脈波の測定装置(株式会社CCI,BACS 加圧式指尖脈波収集装置)のカフを装着した。
  5. バイタルサインを測定した。(血圧、体温、呼吸数)
  6. 座位での開眼安静を10 分程度行い、指尖容積脈波と心電図を測定した。
  7. CWT の説明を行い、テストの内容を十分理解し、マウス操作に慣れるまで練習した。
  8. CWT を最大10 分間行った。その間、指尖容積脈波と心電図、呼吸数を測定した。
  9. CWT 終了直後、POMS とDAMS を実施した。
  10. バイタルサインを測定した。(血圧、体温、呼吸数)
  11. 座位での開眼安静を10 分程度行い、指尖容積脈波と心電図を測定した。
  12. 心電図の電極、心電計、血圧計、加圧式指尖脈波収集装置のカフを取り外した。

  • 繰り返しによる慣れの影響を避けるため、データ収集は1 人1 回の実施とした。
  • 自律神経活動の日内変動を考慮し、副交感神経活動が交感神経活動に比べて優位になると言われている夜間の時間帯を避け主に日中、午後に実施した。
2) 実験時の条件

 厚生労働省によるVDT(Visual Display Terminals)作業における労働衛生管理のための ガイドライン(2002)に基づき作業環境を設定した。実験中無理な作業姿勢が継続しないよ うはじめに椅子に座った時点で対象者の体格に合わせて全体を調整し、対象者本人にもデ ィスプレイの角度や位置、明るさ、作業台の高さとマウスの位置、椅子の背もたれの角度 等を総合的に確認してもらった。ディスプレイは対象者の適切な視野範囲内にあるよう配 置し、画面中央が対象者の眼の位置と同じ、または下になるようにした。連続したVDT 作業時間は最大10 分間とし、CWT を行う際、VDT 作業による心身への負担が最小限と なるよう設定した。

3) 測定項目
3)-1 基本属性把握のための質問項目

 年齢、性別、身長、体重、血圧、運動習慣の有無、実験前日の飲酒の有無、前日の睡眠 状況、実験当日の体調、月経周期の規則・不規則、最後の月経日、計11 項目の質問紙調 査を実施した。(付録-3)

3)-2 心理指標

(1) SOC(Sense of Coherence)日本語版スケール29 項目版

 Antonovsky(1979)のSOCスケールをもとに山崎,吉井(2001)が日本語版として作成した ストレス対処能力を測定するための質問紙であり、29 項目で構成されている。29 項目の それぞれの質問項目について「まったくそう思う」から「まったくそう思わない」までの 7つの選択肢から1 つを選び、低い順に1 点から7 点を配する。SOC スコアは29 項目す べての項目に対応する得点を加算し(Min:29-Max:203)、SOC が高いほど健康保持能力が 高いとされる。スケールは「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」の3 下位尺度より成 り立っている。「把握可能感」は、自分の環境で出会う出来事には秩序があり予測可能だと いう確信を意味する。「処理可能感」は、自分のストレスに適切に対処してうまく乗り越え ることができるという確信を意味する。「有意味感」は、ストレスは自分にとってマイナス ではなく、むしろ有意義なものとしてとらえる動機づけを意味している。α係数は0.82 と高い信頼性・妥当性が示されている。

 本研究では、CWT の前に各個人のストレス対処能力を把握するために用いた。

(2) 日本語版POMS(Profile of Mood States)短縮版

 30 項目からなる気分を評価する質問紙であり横山ら(2008)により作成された。「緊張・ 不安」「抑うつ・落ち込み」「怒り・敵意」「活気」「疲労」「混乱」から構成され、6 つの気 分尺度を同時に測定することができる。「緊張・不安」は緊張および不安感、「抑うつ・落 ち込み」は自身喪失感を伴った抑うつ感、「怒り・敵意」は怒りと敵意、「活気」は元気さ、 躍動感ないし活力で他の5 つの尺度と負の相関が認められ、「疲労」は意欲や活力の低下・ 疲労感、「混乱」は思考力低下・当惑をそれぞれ意味している。また活気以外の5尺度の得 点の合計から活気得点を差し引いたものをTotal Mood Disturbance(TMD)得点として用 いることがあるが、TMD 得点の意味付けは十分検討されておらず、何らかの問題を抱え た対象者を見出すのに役立つ程度とされている。POMS では標準化得点をT 得点と呼び、 T 得点=50+10×(素得点-平均値)/標準偏差で算出される。T 得点が40 点から60 点の 場合は「健常」と判定され、一つでも25 点以下や75 点以上(活気尺度の75 点以上は除 く)の尺度がある場合は、「精神科医などの専門医の受診を考慮」し、それ以外の場合は「他 の訴えと考え合わせ、専門医の受診を考慮」が望ましいとされている。信頼性および妥当 性の検討がなされており、α係数は0.674 以上である。(横山,2008)

 本研究では、CWT の前後で気分がどのように変化したかを明らかにするため、対象者 の負担を考慮して短縮版を用いた。

(3) DAMS(Depression and Anxiety Mood Scale)-9 項目版

 福井,木津,陳,熊野,坂野(2004)によって開発された気分尺度で、「肯定的気分」と「抑うつ 気分」、及び「不安気分」の程度をごく短時間に客観的に測定するための質問紙である。肯 定的気分と抑うつ気分、及び不安気分がそれぞれ3 項目ずつの合計9 項目で簡易に測定で きるようになっている。採点用紙とDAMS 結果表をもとに標準化得点を算出する。標準 化得点は偏差値と同じであり、得点が高いほどその気分が強いことを示している。判定の 目安として40~60 を普通程度、39 以下は気分が弱く、61 以上は気分が強いと解釈する。 肯定的気分が39 以下の範囲と、抑うつ気分と不安気分で61 以上の強い範囲を要注意の範 囲としている。福井ら(2004)によると、DAMS の各尺度の3 項目ずつのα係数は0.823~ 0.885 であり、各尺度に含まれる3 項目の内的統合性は高く、信頼性も高いことが示され ている。また、POMSと比較したときの各尺度の相関係数は、DAMSの肯定的気分とPOMS の活気得点は0.61、DAMS の抑うつ気分得点とPOMS の抑うつ気分は0.67、DAMS の 不安気分とPOMS の緊張・不安は0.65 でありDAMS の各尺度の構成概念妥当性は問題 ないことが示されている。

 本研究では、より鋭敏に気分の変化を把握するため、POMS とDAMS を併用しCWT の 前後で用いた。

3)-3 生理指標

(1) バイタルサイン

 血圧、体温、呼吸数を測定した。血圧は非観血的血圧計(コーリンメディカルテクノロジ ー:BP-608EvolutionⅡCS)を用いて記録した。体温はオムロン耳式体温計MC-510(オムロ ン ヘルスケア株式会社)を使用し、専用のプローブカバーを対象者毎に新しく交換して使用した。呼吸数は、目測でカウントし記録した。呼吸は自律神経系指標に影響を及ぼすため、実験中は統制することが望ましいが、本実験においては呼吸統制を意識しすぎると作 業への集中が疎かになる恐れがあるため呼吸統制は行わず呼吸数のカウントに留めた。

(2) 指尖容積脈波

 BACS 加圧式指尖脈波収集装置(株式会社CCI)を用いて赤外発光(反射型)方式のセンサ で指尖容積脈波を測定した。図3 のようにカフ(指尖脈波収集センサ)を装着した指先を 空気袋で被い、その空気袋に規定の圧力を加えて、その時の指尖脈波信号をセンサにより収集する。

 測定の原理は赤血球中のヘモグロビンが近赤外線を良く吸収する性質を利用して、指尖の血管に赤外線を照射し、その反射光量をフォトダイオードで感知し、光エネルギーを電気 信号に変換する。この電気信号は指尖容積脈波としてリアルタイムにPC の画面上で観測 され、PC 内にデータ保存した。解析ソフト(株式会社CCI,Vital Vision ver.4.03K)を用い て、指尖容積脈波を2 回微分することによって得られる加速度脈波に変換し(図4)、1kHz の精度でカオス解析と1 脈拍間隔のスペクトル解析を行った。バンドパスフィルタ(帯域通 過フィルタ)を下限0.5Hz、上限45Hz に設定し、必要な周波数成分のみを通過させてノイ ズ処理を行った。また、全体を覆う形状のカフに指を挿入することによって(図5)赤外線以 外の光刺激が入らないよう外部の光をシャットアウトすることができ、指を固定する目的 も含めて阻血しない程度の一定のカフ圧力20mmHg 前後を加圧した。対象者の指の太さ などによってカフ圧を微調整し、脈波形が適切に表示されていることを必ず確認した。加 圧時は血管が圧迫されるため、最初は波形が小さくなる傾向がある。この血管の局所反応 を考慮し、しばらく待って波形が大きく出るようになってから測定を開始することとした。


図4.指尖容積脈波と加速度脈波

 測定は以下の条件で行った。

  • 安静
    指尖容積脈波は脈拍数の影響を受けやすく、安静時は心拍数が落ち着いた状態で測定する必要がある。したがって、運動後や激しい身体活動直後の計測は避けて行い、ゆっくり歩いてきた場合でも5 分以上の安静を保った後に測定し、実験時の安静時間を10 分間と設定した。
  • 室内環境
    クーラーや暖房など空調機の風が直接対象者に当たると循環器系に影響を及ぼし、末梢血管での計測が正確にできない場合があるので避け、対象者に適宜声をかけながら室温に十分配慮した。末梢の血液循環が悪く手先が冷たい場合には、手の屈伸運動を行ってもらうなど血流を促進した後に測定した。
  • 手の置き方
    手掌を下にし、肘掛けの上に固定用のスポンジを置き、上腕を固定して測定する(図6)。指の高さを心臓位で測定した場合と、心臓位より高い場合また低い場合では、手指尖部の血液含有量にばらつきが出るため、指の高さは心臓位で測定した。また、衣服などで、指が圧迫されないよう測定を行った。
  • 指の選定
    指の違いによる左右差がないことを確認した上で、第2 指~第5 指の中では最も組織量が多く血液配分も多いので検出し易やすいとされている第3 指で測定を行った。指先を立てて力が入った状態での測定がなされないよう機器の装着時に十分説明した。
    図 5.指尖脈波収集センサ 図 6.左上腕の固定

(3) 心電心拍

 心電図と心拍数はワイヤレスのFL ECGRR心電計(フィンガルリンク株式会社)(図7, 図 8)を用いて、心臓を挟むように胸骨上端と左胸部にディスポータブル電極(株式会社メッツ, ブルーセンサーSP-00-S とR-00-S)を貼り第Ⅱ誘導でR-R 間隔を記録した。心電計より導 出された心電図信号を1kHz のサンプリングレートでデジタル変換し、ハードディスクに 保存した。また、本体からPC へモニタリングソフトFIEcgViewer1.81(フィンガルリンク 社)を使用して心電波形の信号を無線通信し、モニター上でリアルタイムに観察記録を行っ た。心電心拍解析ソフトECG-Analysis1000 ver.1.01 (フィンガルリンク社)によりデジタ ル化しパソコンに保存されたデータの解析を行った。バンドパスフィルタ(帯域通過フィル タ)を下限0.5Hz、上限45Hz に設定し、必要な周波数成分のみを通過させるよう他のノイ ズになるような周波数は減衰させた。LF、HF の心拍変動計算においては1 区間データ時 間を120 秒とし、スライド時間を1 秒と設定した。心拍変動性の周波数解析の特徴として 算出されるパワースペクトルが呼吸変数の影響を強く受け、呼吸間隔が0.2Hz よりも低く なると、自律神経系指標であるHF とLF の分離が不可能になると報告されている。 (Brown,Beightol,Koh,Eckberg, 1993)このため、呼吸数が12 回/分より少ない者を解析の 対象外とした(n=1)。

図 7.心電計本体と電極図 図 8.心電計本体の大きさ
図 9.心電計と指尖脈波測定器 図 10.測定機器装着時の様子

4) 計測機器の構成要素

 計測機器の構成要素と測定項目を図11 に示した。

ECG=electrocardiogram(心電図), FL ECGRR=ワイヤレス心電計(フィンガルリンク社),
ECG Analysis1000=心電心拍解析ソフト(フィンガルリンク社),
FPG= finger plethysmography(指尖容積脈波), Vital Vision=指尖容積脈波解析ソフト(CCI 社)

5) Stroop Color Word Conflict Test プログラム(付録-7)

Stroop(1935)によるCWT は提示された語句に対しできる限り早く応答するというもの であるが、Hoshikawa and Yamamoto(1997)はコンピューターを使用し2 秒という一定時 間間隔で課題を提示する方法を採用している。武井ら(2008)はHoshikawa and Yamamoto とほぼ同じ課題設定で実験を行い、課題提示時間を2 秒、1.5 秒、1 秒と減少させたところ、 提示時間の短縮とともに心拍数は有意に増加し、心理学的な負荷の漸増を認めている。こ れらの先行研究を基に、今回の実験ではプログラミングよりCWT を自作した。日本人を 対象にCWT を行った実験で、課題で与える文字はひらがなよりも漢字の方がより混乱を 生じさせ、心理的負荷テストとして有効であると報告されていることから(Shimamura, 1987)、今回のCWT では漢字を使用した。ディスプレイの画面上において「赤」「青」「緑」 「黄」「紫」の漢字のうち一文字が画面の中央にランダムな順で現れる。漢字は、その5 色のうちいずれかの色で描かれており、漢字の意味が示す色と漢字自体の色は一致してい ない(図12)。対象者は、漢字の意味を判断するのではなく漢字自体の色を認識し、漢字の ~ 48 ~ 下に現れる5つのコマンドボタン「赤」「青」「緑」「黄」「紫」の中から正しいものをマウ スでクリックするというタスクを与えた。対象者は漢字がモニター上に表示されている時 間内に、正しい答えのボタンをクリックしなければならない。回答時間を過ぎると自動的 に次の問題へと進む。図13 は、実際に行ったCWT 画面の一例である。なお、難易度別に ステージを3 つに分け、それぞれ漢字の呈示時間と問題数をステージ1 は2.0 秒90 問、 ステージ2 は1.6 秒150 問、ステージ3 は1.4 秒129 問と設定した。対象者には、正しく かつできるだけ早く回答するように指示を行った。表示される漢字の大きさは練習の段階 で対象者にはっきりと見えることを確認した。聴覚的な情報として終始、「カチカチ」とい う時計の音を漢字の提示時間に合わせて連続的に鳴らし、タイムプレッシャーがかかるよ うにした。また間違った回答をしたときに耳障りなピープ音が流れ、正答した場合は爽快 な音が流れるよう設定した。対象者のモチベーションを高めるために、画面下方に正解す れば○、誤ると×、時間オーバーは△という記号が羅列され、各ステージの終了時に正解 率がA、B、C、D のいずれかのランクで表示されることを対象者にあらかじめ説明した。 評価基準として、正答数がステージ1 では81 以上でA、45 以上81 未満でB、27 以上45 未満でC、26 未満でD とし、ステージ2 では135 以上でA、75 以上135 未満でB、45 以上75 未満でC、45 未満でD とし、ステージ3 では116 以上でA、65 以上116 未満で B、39 以上65 未満でC、39 未満でD と設定した。

 CWT のペーパー版と比較したコンピューター版の利点は、刺激の順序がランダムにで き回答時間も調整できること、容易に難易度を調整できること、聴覚的な刺激を同時に与 えることができること、対象者が瞬時に回答することが可能であることが挙げられる。ま た、発声による生理面への影響を避けるためにマウスで操作することとした。(Bernardi, et al., 2000)

図 12. Stroop Color Word Conflict Test中の PCモニター
図 13. Stroop Color Word Conflict Test中の様子

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D.データの分析

1) 心拍変動と加速度脈波のスペクトル解析の方法

 安静時は記録したデータのうち安定した6 分間のデータを解析対象とし、CWT 時は負 荷中の10 分間のデータを解析対象とした。時系列的な変化をとらえるため、心拍変動に ついては解析プログラムECG-Analysis1000 ver.1.01 (フィンガルリンク社)を、加速度脈 波については解析プログラムVital Vision ver.4.03K(CCI 社)を用いてそれぞれ心拍変動と 脈拍変動を1kHzでサンプリングした後、1 秒ずつずらしながらスペクトル解析を行った。 得られた周波数成分のうち低周波成分(0.04~0.15Hz)をLF、高周波成分(0.15~0.4Hz)を HF とし、HF を副交感神経活動指標、LF/HF を交感神経活動指標とした。スペクトル解 析においてデータの信頼性を得るためには256 心拍以上のデータ長が必要であるため(井 上,2001)、256 心拍以上のデータが得られた安定した6 分間をデータ解析の対象とした。

2) 指尖容積脈波のカオス解析の方法

 解析プログラムVital Vision ver.4.03K(CCI 社)を用いて計測された脈波の一次元時系列 データをTakens(1981)の埋め込み法に従い、4次元の時間遅れ座標系にアトラクタを構築し(図14)、さらに幾何学図形として視覚的にとらえることができるよう3 次元へ写影した。 Vital Vision の解析画面(図15)は、写影された3 次元の表示を一方向から見たもので、第3 次元軸の奥行きを色彩により表示することで(赤系色が手前側で青系色が奥側)、アトラク タの形状を視覚的に表現した。このアトラクタからSano-Sawasa 法に基づき軌道変化の 不安定性を定量的に表現する最大リアプノフ指数(第一リアプノフ指数)を算出した。 (Sawano, Sawasa, 1985)リアプノフ指数は近接した2 点から出発した2 つの軌道がどのく らいの割合で離れていくのかを図る尺度であり、田原(1995)によると「アトラクタの形」 から判断することができる。また、アトラクタの軌道内での広がりや乱雑さ、相関次元の 非整数度を示す指標としてエントロピーがあり、指尖の血流量増減の指標とした。 主要なカオス解析の設定パラメータとして、埋め込み遅延時間を50、超球サイズを0.08 と設定した。超球サイズとは、アトラクタ上の1 点を中心とした微小半径の球であり、こ の球を通過する軌道が多いほど、軌道変化(ゆらぎ)は少なくリアプノフ指数が低下する 傾向にあると言える。

図 14.Takensの埋め込み法によるアトラクタ構築の過程

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E.統計処理

 本研究では、測定は同一対象者で実施したことから以下の統計処理を行った。各尺度ともに正 規分布していなかったため、ノンパラメトリック検定を行った。数値は平均値±標準偏差で表記し、 統計処理には、統計ソフトPASW Statistics Ver.18 for Windows を用いた。

1) バイタルサインの男女別変化

 Pre、CWT、Postの各条件における心拍数、呼吸数、SBP、DBP、体温の平均値、標準偏差 を男女別に求めた。心理的ストレス負荷前後の変化をみるため、各バイタルサインのPre とCWT、 CWT とPost、Pre とPost 間においてWilcoxon の符号付き順位検定により比較を行った。

2) Stroop Color Word Conflict Test の男女別成績

 性別によるStroop Color Word Conflict Test の成績の差をみるため、それぞれのステージ別 正答率を%で表し、平均値と標準偏差を求めた。男女間での違いについて、Mann-Whitney の U 検定を用いて比較を行った。

3) 心拍変動と加速度脈波によるHF とLF/HF の変化

 心拍変動と加速度脈波のスペクトル解析から得られた心臓自律神経系活動指標であるHF と LF/HF のCWT 前後の変化をみるためPre、CWT、Post におけるそれぞれの平均値と標準偏 差を求め、Pre とCWT、CWT とPost、Pre とPost の違いについてWilcoxon の符号付き順位 検定を用いて比較を行った。

4) 加速度脈波から得られたHF、LF/HF と心拍変動から得られたHF、LF/HF の相関

 加速度脈波から得られたHF、LF/HF と心拍変動から得られたHF、LF/HF の相関をみるため、 縦軸を加速度脈波から得られた値、横軸を心拍変動から得られた値とし、Pre、CWT、Post 別に 散布図にした。相関の強さをみるため、Spearman の順位相関係数rs を算出し検討した。

5) 最大リアプノフ指数とエントロピーの変化

 カオス指標のPre からPost までの変化をみるため、最大リアプノフ指数とエントロピーの各条件 における測定値を箱ひげ図で示し、Wilcoxon の符号付き順位検定を用いてPre とCWT-1、Pre とCWT-2、Pre とCWT-3、Post とCWT-1、Post とCWT-2、Post とCWT-3、Pre とPost をそれ ぞれ比較した。

6) POMS とDAMS

 素点を標準化得点に換算し、各尺度の心理的ストレス負荷前後における平均値と標準偏差を 求めた。負荷前後の差をみるため、Wilcoxon の符号付き順位検定を用いて比較した。性差によ る影響をみるため、全体(n=40)と男女別(女性:n=31、男性:n=9)で検討した。

7) SOC とPOMS、DAMS との相関

 個人のストレス対処能力が心理指標とどう関連しているかを明らかにするため、Spearman の順 位相関係数rs を示し、SOC の総合スコアとPOMS、DAMS の各尺度との相関を調べた。

8) HF、LF/HF と心理指標の相関

自律神経系活動と心理尺度間の相関をみるため、HF とLF/HF のPre、CWT-1、CWT-2、 CWT-3、Post における各データとSOC、POMS、DAMS の各心理尺度間においてSpearman の順位相関係数rs を用いて検討した。

9) 最大リアプノフ指数、エントロピーと心理指標の相関

 カオス指標と心理尺度間の相関をみるため、最大リアプノフ指数とエントロピーのPre、CWT-1、 CWT-2、CWT-3、Post における各データとSOC、POMS、DAMS の各心理尺度間において Spearman の順位相関係数rs を用いて検討した。

(倫理面への配慮)

 実験の実施前に対象者に対して①研究の目的と内容、②研究方法、③実験は安全に行い、 起こりうる副作用と万が一身体的心理的苦痛を感じた場合はただちに実験を中止し迅速な 対処をすること、④研究で得られたデータが研究以外の目的で使用されることはないこと、 ⑤研究への同意は対象者の自由意志であること、⑥研究に同意した後でも対象者が不利益 を受けることなく随時参加を撤回できこと、⑦プライバシーは保護され、得られたデータ は研究のみに使用され個人は特定されないことなどについて説明を行った。実験の説明は 口頭と書面で行い、同意を得られた対象者に実施した。各調査用紙、各データは個人名が 特定されないよう対象者毎の識別番号をつけリスト化し、施錠可能なロッカーに保管した。 データの閲覧は研究者と担当教官に限り、調査結果が第三者の手に渡るなど当研究以外の 目的で利用されることはないこと、修士論文作成及び学会に発表後、破棄する予定とし、 対象者のプライバシーの保護、匿名性維持を図った。本研究は筑波大学大学院人間総合科 学研究科研究倫理委員会の承認(付録-2 課題番号第-22-179 号)を得て行った。

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F.結果

1. 対象者の基本属性

 対象者の基本属性を表1 に示した。対象者は女性31 名、男性9 名であった。年齢は女 性が26.3±10.4 歳、男性が22.7±2.5 歳であった。BMI は女性が20.4±1.7、男性が22.4±2.2 であった。運動習慣があると回答した者は、女性10 名、男性6 名であった。実験前 日の飲酒があった者は、女性0 名、男性3 名であった。実験前日の睡眠状態が不良だった 者は、女性3 名、男性0 名であった。体調で気になるところがあった者は6 名であった。 内容は、肩こり2 名、便秘1 名、腹痛1 名、頭痛1名、疲労1 名、麦粒腫1 名であった。 この6 名に対しては強い不快感や身体症状がないことを本人にあらかじめ確認した上で、 今回の実験への大きな影響はないものと判断し、実験対象とした。

2. Stroop Color Word Conflict Test 前後におけるバイタルサインの変化

 Pre、CWT、Post の各条件における40 名のバイタルサイン男女別計測結果を表2 に示 した。バイタルサイン項目のうち「心拍数」と「呼吸数」について、女性(n=31)は、Pre からCWT にかけて有意に増加し(p< .001)、CWT からPost にかけては有意に減少した (p< .001)。男性(n=9)も同様の傾向を示し、「心拍数」と「呼吸数」がPre からCWT にか けて有意に増加し(p< .01)、CWT からPost にかけては有意に減少した(心拍数:p< .05, 呼 吸数:p< .01)。「SBP」、「DBP」、「体温」に関しては、男女ともにPre とPost で変化が見 られなかった。

3. Stroop Color Word Conflict Test の男女別成績

CWTのステージ別得点率と総合得点率を男女別に表3 に示した。CWT-1 では男女間に差は 見られなかったが、CWT-2 では有意差が見られ(p< .05)、CWT-3 と総合得点でも有意差が見ら れた(p< .01)。

4. 心拍変動と加速度脈波から得られた自律神経系活動指標の変化

 心拍変動より得られた心臓自律神経系活動指標であるHFとLF/HFと、加速度脈波より得ら れたHF、LF/HF のPre、CWT、Post における値を表4 に示した。心拍変動によるHF と加速度脈波によるHF はともにCWT 中、有意に減少し(p< .001)、Post ではCWT 中と 比べて有意に増加した(p< .001)。また、加速度脈波によるHF では、Post はPre に比べ有 意に減少した(p< .05)。

 心拍変動より得られたLF/HF と加速度脈波より得られたLF/HF はともにCWT 中、Pre に比べて有意に増加し (p< .01)、Post においても有意に増加した(p< .01)。加速度脈波よ り得られたLF/HF は、CWT 中に比べてPost において有意に減少した(p< .05)。

 心拍変動より得られたHF と加速度脈波より得られたHF、心拍変動より得られた LF/HF と加速度脈波より得られたLF/HF をそれぞれ相関解析しPre、CWT、Post におけ るSpearman の相関係数をrs で示した(図16~図21)。Pre のHF はrs=0.965、LF/HF は rs=0.962 であった。CWT 時のHF はrs=0.949、LF/HF はrs=0.930 であった。Post のHF はrs=0.985、LF/HF はrs=0.931 であり、いずれにおいてもrs>0.9 と強い正の相関を示し た。

5. 指尖容積脈波から得られたカオス指標の時系列変化

 40 名のデータの中から1 症例を抜粋し、典型例として示した。

1) 波形の変化

 指尖容積脈波波形と加速度脈波波形をPre、CWT、Post 別に抜粋し、図22 に示した。 Pre に比べてCWT では波高が顕著に小さくなり、Post ではPre と同じ波高に戻るという 変化が見られた。

2) HF とLF のパワースペクトル密度の変化

 加速度脈波より得られたHF とLF のパワースペクトル密度のPre、CWT、Post におけ る変化を図23 に示した。LF 成分(0.04~0.15Hz)とHF 成分(0.15~0.4Hz)の変化に着目す ると、HF 成分がPre では大きいが、CWT 中はほぼ消失し、LF 成分が増大した。Post では消失していたHF 成分が再度増大しており、Pre の形へと回復する変化が見られた。

3) アトラクタの変化

 指尖容積脈波より得られたカオス指標の一つ、アトラクタ表示のPre、CWT、Post にお ける変化を図24 に示した。Pre を基本波形とするとCWT では顕著に全体が縮小し、ほぼ 点に近い形となったが、Post では再度アトラクタの広がりが大きくなりPre と相似した形 を表した。

4) 最大リアプノフ指数の変化

 指尖容積脈波の解析により得られたカオス指標の一つ、カオス性の大小を示す最大リア プノフ指数について、時系列変化を図25 に示した。CWT の難易度別に見るためPre、 CWT-1、CWT-2、CWT-3、Post の5 条件での変化を比較した。

 最大リアプノフ指数は、Pre と比較するとCWT-1、CWT-2、CWT-3 で有意差が見られ た(p< .01, p< .05, p< .05)。また、Post と比較するとCWT-1 で有意差が見られ(p< .05)、 Pre とPost 間では有意差が見られなかった。全体の変化としては、Pre からCWT で増加し、CWT からPost にかけて減少する傾向が見られた。

5) エントロピーの変化

 指尖容積脈波の解析により得られたカオス指標の一つ、血流量の大小を示すエントロピ ーについて、時系列変化を図25 に示した。最大リアプノフ指数と同様にPre、CWT-1、 CWT-2、CWT-3、Post の5 条件での変化を比較した。エントロピーは、Pre と比較する とCWT-1、CWT-2、CWT-3 では有意に減少した(p< .001)。また、Post と比較するとCWT-1、 CWT-2、CWT-3 で有意に増加した(p< .001)。Pre とPost 間ではPost ではPre に比べて 有意に減少した(p< .01)。

6. POMS の変化

 全体(n=40)では、負荷前に比べて負荷直後で「抑うつ・落ち込み」「怒り・敵意」が有意 に低下し(p< .05)、「活気」も有意に低下したが(p< .01)、「混乱」が有意に増加した(p< .05)。 (図26, 表6)

 男女別では、女性(n=31)は全体の結果と同様の結果を示したが(表6)、男性(n=9)は負荷 前に比べて負荷直後で「活気」が有意に低下し(p< .05)、それ以外の尺度で有意差は見ら れなかった(表7)。しかし、負荷直後において「抑うつ・落ち込み」「怒り・敵意」が低下 し、「混乱」が増加する全体の結果と同様の傾向が見られた。

7. DAMS の変化

 全体(n=40)では、負荷前に比べて負荷直後で「不安」が有意に低下した(p< .05)。 (図27, 表8)

 男女別に見ると、女性(n=31)は全体の結果と同様に負荷前に比べて負荷直後で「不安」 が有意に低下しており(p< .05)、男性はいずれも有意差が見られなかったが「不安」は低 下する傾向を示した。(表9, 表10)

8. SOC の結果とPOMS、DAMS との相関

 全体(n=40)のSOC の総合スコアの結果を表11 に示した。また、SOC の総合スコアと POMS、DAMS の各尺度との相関を見るため、負荷前後におけるSpearman の順位相関 係数rs を算出し、表12 に示した。SOC 総合スコアとPOMS では「抑うつ・落ち込み」 が負荷直後においてrs=-0.324 と負の相関を示し(p< .05)、「活気」は負荷前でrs=0.366、負荷直後でrs=0.336 と正の相関を示した(p< .05)。「混乱」は負荷前でrs=-0.449 と負の相 関を示し(p< .01)、「TMD」もrs=-0.529 と負の相関を示した(p< .001)。SOC 総合スコア とDAMS では「肯定」が負荷後においてrs=0.478 と正の相関を示した(p< .01)。

9. 加速度脈波から得られたHF、LF/HF と心理指標の相関

 加速度脈波から得られたHF、LF/HF と全体(n=40)のSOC、POMS、DAMS の各尺度 との関連を見るためSpearman の順位相関係数rs をPre、CWT-1、CWT-2、CWT-3、Post の5 段階別に調べ、相関があった尺度を抜粋して表13 に示した。

 SOC では、「総合スコア」とHF がCWT-1 でrs=-0.359、Post でrs=-0.387 であり負の 相関が見られた(p< .05)。「処理可能感」とHFは、CWT-1でrs=-0.369、CWT-3でrs=-0.327、 Post でrs=-0.338 と負の相関が見られた(p< .05)。「把握可能感」とHFはCWT1 でrs=-0.339、 Post でrs=-0.340 と負の相関が見られた(p< .05)。

 POMS では、「活気-前」とHF がPre でrs=-0.327 と負の相関が見られた(p< .05)。「疲 労-前」とHF はCWT-1 でrs=0.470 と正の相関が見られ(p< .01)、CWT-2 においても rs=0.341 と正の相関が見られた(p< .05)。「疲労-前」とLF/HF はCWT-1 でrs=-0.321 と負 の相関が見られた(p< .05)。

 DAMS では、「肯定-前」とHF がPre でrs=-0.342 と負の相関が見られ(p< .05)、CWT-1 ではrs=-0.482、CWT-2 ではrs=-0.468、CWT-3 ではrs=-0.444 と、Pre に比べるとより強 い負の相関が見られた(p< .01)。「抑うつ-前」とHF ではPre でrs=0.470、CWT-2 でやや 強い正の相関が見られ(p< .01)、Post でもrs=0.339 と正の相関が見られた(p< .05)。「抑う つ-前」とLF/HF ではCWT-2 でrs=-0.379 と負の相関が見られた(p< .05)。

10. 最大リアプノフ指数、エントロピーと心理指標の相関

 指尖容積脈波から得られた最大リアプノフ指数、エントロピーと全体(n=40)のSOC、 POMS、DAMS の各尺度との関連を見るためSpearman の順位相関係数rs をPre、CWT-1、 CWT-2、CWT-3、Post の5 段階別に調べ、相関があった尺度を抜粋して表14 に示した。

 SOC では、有意味感と最大リアプノフ指数がCWT-2 でrs=-0.354、CWT-3 でrs=-0.394 であり負の相関が見られた(p< .05)。有意味感とエントロピーはCWT-2 でrs=0.317 と正 の相関が見られた(p< .05)。

 POMS では、混乱-Post とエントロピーがCWT-3 でrs=0.440 であり、正の相関が見ら れた(p< .05)。

 DAMS では、肯定-Pre と最大リアプノフ指数がPre でrs=-0.394 であり負の相関が見ら れた(p< .05)。不安-Pre と最大リアプノフ指数はCWT-2 でrs=0.325 と正の相関が見られ た(p< .05)。不安-Pre とエントロピーではPre でrs=-0.317 と負の相関が見られた(p< .05)。

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G.考察

1. 対象者の基本属性

 今回、対象者は女性31 名、男性9 名と性別に偏りがみられた。男性のn(サンプルサイ ズ)が少ないため、性別で比較できない指標に関しては男女合わせて分析を行った。また、 平均年齢は女性が26.3±10.4 歳、男性は22.7±2.5 歳と女性は男性に比べて年齢幅が大きか ったが、今回は全体のサンプルサイズを重視し、年齢別の比較を行わなかった。BMI(Body Mass Index)は男女ともに平均値が18.5 以上25 未満の範囲内であり標準的であった(日本 肥満学会肥満症診断基準検討委員会,2000)。前日の飲酒について3 名が有りと回答したが、 睡眠状態は全体で90%以上の者が良好であったと回答しており、普段と著しく生活リズム が異なった状態の者はほぼいなかったものと考えた。

2. Stroop Color Word Conflict Test 前後におけるバイタルサインの変化

 緊張場面や暗算負荷、CWT 負荷など精神的努力が求められる作業で心拍上昇が起こる ことは古くから知られており、情動変化の指標として用いられてきた。実際の時間的切迫 感のある緊張場面や実験室での模擬的作業負荷でも、精神的努力が求められる作業での心 拍上昇が報告されている。(大須賀,2004)今回CWT 中、心拍数と呼吸数は男女ともに有 意に増加し先行研究の報告と同様の傾向を示したが、血圧と体温はCWT 中測定を行わな かったためCWT 前後のみでの比較となり、有意な変化は見られなかった。

3. Stroop Color Word Conflict Test の有効性と性差による影響

CWT の成績は、ステージ1 では男女差が見られなかったが、ステージ2、3 と難易度が 上がると女性よりも男性の得点率が有意に高く、総合得点で見ると80%近く正答している。 このため男性にとってCWT が心理的ストレス負荷テストとして有効であったかについて 疑問視されるが、心理指標の変化より、男性はCWT の前後で「活気」が有意に下がっており(p< .05)、バイタルサイン変化より、CWT 中は心拍数と呼吸数が有意に増加している ことから(心拍数:p< .05, 呼吸数:p< .01)、CWT が少なからずストレス刺激となったこ とが言えるのではないかと考える。今回、男性のn(サンプルサイズ)が少なかったことも ふまえて性別の違いは考慮せず、全体での分析を行うこととした。 また表6 より、全体で心理指標のPOMS「混乱」がストレス負荷前に比べて負荷直後で 有意に増加していることから、今回用いたCWT は心理的ストレス負荷テストとして有効 であったものと判断し、分析を行った。

4. 心拍変動と加速度脈波より得られた自律神経系活動指標の変化と相関

 心理的ストレスによって交感神経活動が増加し、激しい身体活動と急激なATP の産生が 支援され、視床下部の調整機能によって交感神経活動を高めると同時に副交感神経活動が 抑制されほとんどの器官はこの拮抗支配を受けていると言われている(Gerard, and Bryan, 2007)。今回、副交感神経活動指標とされるHF がCWT 中有意に減少し、逆に交 感神経活動指標とされるLF/HF が有意に増加していることから、CWT 中は心理的ストレ スの影響によって副交感神経が抑制され交感神経活動が活発になっていることがわかった。

 また、心拍変動から得られたHF、LF/HF と加速度脈波から得られたHF、LF/HF がい ずれの条件下でも相関係数rs>0.9 と非常に強い相関があり、ほぼ一致することがわかった。 このため、心拍変動から得られる自律神経機能の情報は、加速度脈波を解析することによ って得られる情報とほぼ一致し、簡便な測定手法である指尖容積脈波が心電図に代わる自 律神経系活動指標の測定法となることが明らかとなった。同時に、今回使用した指尖容積 脈波の計測機器:BACS 加圧式指尖脈波収集装置(CCI)のデバイスの信頼性が確認された。

 澤田(1998)によると、指尖容積脈波は交感神経活動をほぼ純粋に反映しており、ストレ ス刺激負荷に対し指尖の皮膚を支配しているαアドレナリン作動性の交感神経が亢進する ことが報告されている。このため、心臓とは独立した神経支配を持つ指尖において、加速 度脈波より得られたHF、LF/HF と心臓自律神経系活動を反映している心臓由来のHF と LF/HF との間に差が見られるではないかと推測されたが、今回は両者にほとんど差が見ら れず、値はほぼ一致していた。

 この結果より、今回の研究では加速度脈波から得られたHF とLF/HF を自律神経系活 動の指標とし、心理指標との関連を検討することとした。

5. 指尖容積脈波によるカオス指標の時系列変化

 指尖容積脈波の波形の変化より、CWT 中は交感神経活動の賦活により血管が収縮し波 高が小さくなったが、CWT 後はストレス負荷前の波形とほぼ変わらず血流が回復したも のと考えられる。Gerard and Bryan(2007)によると、情動ストレス暴露後、指やつま先の 細動脈平滑筋を支配する交感神経活動の亢進によって血流が著しく減少することが言われ ている。また、Malik(1996)や佐藤,三宅,久米(2002)は、心身の緊張による交感神経活動の 賦活は末梢血管の収縮を生じさせ、血流量の減少が指尖容積脈波の振幅の減少となって表 れると報告した。このことから、CWT の心理的ストレス刺激によって交感神経が活発に なり、指尖が虚血状態に陥ったものと推測できる。血流量の大小を表すカオス指標のエン トロピーでも、ストレス負荷前と比較すると、CWT 中は有意にエントロピーが小さく血 流量が減少したことがわかった。また、アトラクタの変化を見るとCWT により波形が顕 著に縮小し、CWT 後はストレス負荷前の状態に戻っていることから、CWT 中は指尖の血 流量が少なくなったことがここからも推測できる。澤田(1998)によると、ストレス刺激は 皮膚血管を動脈側・静脈側ともに収縮させ、指尖血管部位では総血液量が減じるとともに 機能的緊張度の高まりから脈動が小さくなることが報告されている。このことから、今回 の実験においても先行研究と同様の生理的変化が生じ、CWT のストレス刺激によって血 流量が減少し、脈動が小さくなったものと考えられる。

 次に、HF とLF のパワースペクトル密度の変化をみると、CWT 中はHF 成分が疎にな りLF 成分が密になることから、ストレス刺激によって交感神経活動が活発になったこと が考えられる。CWT 後はややHF 成分の山が多くなり戻る傾向にあるが、完全にストレ ス負荷前の状態に戻ってはおらず、CWT の影響を引きずっていたことが推測される。

 最大リアプノフ指数はCWT 中、有意に増大し、CWT 後はストレス負荷前の状態に戻っ たことから、CWT のストレス刺激により混乱状態が引き起こされたことによって生体内 のカオス性が増大した、つまり生体がストレスに対処しようと活発に反応したことが推測 できる。

6. 心理的ストレス負荷前後の情動反応

 心理的ストレス負荷直後、POMS では「抑うつ・落ち込み」、「怒り・敵意」、「活気」が 低下し、「混乱」が増加していることからCWT によって混乱が生じ、活力(主観的な元気 さ)が低下したものと考えられる。対象者が平均20 代と若い年齢層であったことをふまえると、前頭葉の活動が活発になるとされているCWT のようなゲームに傾注することに よって気が紛れ、抑うつや怒りといったCWT 以外のものに対して抱いていたネガティブ な感情が消失する傾向にあったのではないかと推測する。DAMS では、全体で「不安」が 低下しており、実験のメインであるCWT を終えたことによって実験前に抱いていた不安 が解消されたことが原因の一つではないかと考えられる。男性では平均的にCWT の成績 が良くn(サンプルサイズ)も9 と少なかったことが影響し、CWT 前後では有意差が見られ なかったものと思われる。

 SOC の総合スコアとPOMS の各尺度との相関解析の結果から、POMS とDAMS の各 尺度を合わせた計10 個の尺度のうち、半数の尺度との相関が見られており、相関があっ た尺度に関しては、個人のストレス対処能力の高低と関連性があることが考えられる。 SOC が比較的高い者は、抑うつや落ち込み、怒りや敵意、混乱を感じにくく活気が高い状 態にあると言え、SOC が低い者はその逆と言える。また、SOC はストレス負荷前の1 回 のみの実施であったため、負荷前において各心理尺度との相関が多くみられたものと推測 できる。「活気」に関しては、負荷直後でも負の相関が見られていることから、SOC が高 い者は、元々ストレス対処能力が高いために、負荷されるストレスが軽いこと、または心 理的ストレスに曝されても主観的な活気が下がりにくいのではないかということが推察さ れる。

7. 自律神経系指標と心理指標との関連

 生理指標と心理指標の関連はばらつきがあるものの、いくつかの項目と尺度間で有意差 が見られた。ストレス負荷前に主観的な疲労感や抑うつが高いほど、副交感神経活動指標 がストレス負荷前から負荷中において高値を示し、疲労感や抑うつが副交感神経活動に影 響を及ぼしているものと考えられる。これは、疲労を回復させる働きを持つ副交感神経活 動の活性化が起こっているのではないかと推測できる。しかし、山口ら(2008)の先行研究 では、健常者群に比べて慢性疲労症候群は副交感神経活動が低くなることが示されている ことから、疲労蓄積の程度や期間により、副交感神経の活動性が影響を受けることが考え られる。今後は、自律神経機能との関連において、疲労の程度や期間についても観察項目 に入れて検討する必要があると言える。

 ストレス負荷前に活気や肯定感が高い者は、ストレス負荷前から負荷中において副交感 神経活動指標が低値を示した。また、交感神経活動指標であるLF/HF では、「疲労」や「抑うつ」で相関が見られているものの、HF に比べると相関のある心理尺度の数が少ない。 HF はLF/HF に比べて心理面をより敏感に反映しやすい指標であることが推察される。

 SOC の総合スコアと処理可能感、把握可能感はCWT-1 とPost においてHF と負の相 関が見られる傾向があった。このことから、ストレスに耐えうる力が強いほど、心理的ス トレス負荷後、副交感神経活動指標が低値を示すことが明らかになった。

8. カオス指標と心理指標との関連

 最大リアプノフ指数に関しては、3 つの心理尺度で相関が見られた。SOC の「有意味感」 ではCWT-2、CWT-3 で負の相関が見られた。これは有意味感が強い者、つまりストレス を肯定的に感じる者は、心理的ストレス負荷の状況下で生体内のカオス性が低く、ストレ ス反応が小さいと考えられる。同様にDAMS の「肯定」はストレス負荷前において最大 リアプノフ指数と負の相関が見られたことから、肯定感が強いほど生体内のストレス反応 が小さいが、CWT 中やストレス負荷直後では相関が見られなくなることから、ストレス 負荷前の心理状況が生理指標に示されたものと考えられる。DAMS の「不安」は、CWT-2 で正の相関が見られた。ストレス負荷前と比較すると有意差は見られないもののCWT 後 からストレス負荷直後の相関係数が高くなる傾向を示しているため、不安が高いほど心理 的ストレス負荷中のカオス指標が高値を示す、つまりストレス反応の活性化が生じること が示唆された。山口ら(2008)によると、疲労時にカオス性が減弱し、より硬直化した状態 に陥ることが報告されているが、今回の実験では課題提示時間が短かったためCWT 前後 による疲労感の変化は見られず、疲労感とカオス指標との関連性を明らかにすることがで きなかった。

 エントロピーも、3 つの心理尺度で相関が見られた。CWT 中におけるエントロピーの値 と、個々人のもつストレス対処能およびストレス負荷直後(ここではCWT 時を反映する ものと考えた)の心理状態との関連を解析した結果、SOC の「有意味感」とPOMS の「混 乱」で正の相関が観察された。すなわち、今回の心理的負荷をストレスとして肯定的に感 じる者ほど、また実際にCWT により混乱を大きく感じた者ほど、相対的にエントロピー の値は高く、指先の血流量が高い傾向が観察された。また、負荷前安静時において、POMS の「不安」とエントロピーが負の相関関係を有することが示され、負荷前の不安感が大き い者ほど、指先の血流量が相対的に低い傾向が観察された。

 これら個々人のストレス対処能力や心理状態がカオスに及ぼす影響を確かなものとするには、今後、被験者数を増やしたさらなる統計解析が必要であると考えられるが、今回の 結果より、カオス指標がいくつかの特徴的な心理指標と関連を持つことが明らかとなった。 この結果は、指先から得られるカオス指標が、心臓の自律神経系活動指標だけではとらえ にくい心理状態を反映できる可能性を示唆している。

9. 看護実践への応用

 今回の実験から、健常者の場合、指尖容積脈波から得られたHF とLH/HF が心臓自律 神経系活動指標とほぼ同じものであると証明され、また心理指標との関連性も示唆された。 心電図の測定は電極貼付位置の決定など専門的知識が必要であり、測定手法の指導を受け た者以外にとって測定やデータ解析は難しい。しかし、指尖容積脈波は非侵襲的で簡便な 測定法なので、一般市民も日常生活において簡便に連続的に測定することができる。現在 は血管年齢の測定ツールとして臨床応用されているが、血管の評価だけではなく、心臓自 律神経系活動や心理面を反映する全身の健康管理ツールの一つとして使用できる可能性が 高い。また、指尖容積脈波の測定原理は、パルスオキシメータとほぼ同じである。パルス オキシメータとは手術中など患者をモニタリングする際に、心肺機能を反映するバイタル サインの一つとして用いられるもので、動脈血中の酸素飽和度を簡便に計測する。現在は 国内においてほぼ全ての医療施設で用いられており、在宅酸素療法などにも用いられてい る。このため、パルスオキシメータを用いて酸素飽和度や脈拍と同時に指尖容積脈波の測 定と解析が行われるようになれば、ストレスに繰り返し曝露されることによって引き起こ される疾患の予防や患者の心理変化をとらえる有効な指標として看護の場への活用も期待 される。特に自ら訴えを表出することができない乳幼児や術中、術後の患者における不穏 状態、苦痛を早く察知することは適切な看護を実施する上で重要であると言える。さらに、 日本人の国民的な特性として、痛みを我慢することが当然であるというような風潮があり 患者の主観的な訴えだけでは正確な情報が把握できない場合がある。このような患者に対 し、指尖容積脈波と情動面の関連性を示す研究が進めば、内在する問題を定量的に読み取 ることが可能となる。生体が示す生命徴候を正確に把握し、適切に対処することによって、 ストレス関連性の症状が緩和されれば、不必要な薬物治療などを受けずに済むことにもつ ながることが予測されるため、客観的な指標を用いて普段よりストレス状態を正しく把握 することが疾患予防を行う上で重要であると言える。

10. 今後の課題

 今回の研究では、心理的ストレスを実験的に誘発することで指尖容積脈波や心理尺度の 測定により自律神経系活動の評価や主観的評価を行ったが、実際に目指すところは、スト レスを受けているかどうかわからない未知の状態の者に対し測定を行い、客観的なデータ から潜在する問題を視覚化し、疾病状態になる前に適切な援助へとつなげていくことであ る。今回得られた健常者のデータを基に、今後はストレスを人為的に与える方法ではなく、 入院患者や在宅療養者、強い緊張やストレスに長時間曝される労働者などを対象としたデ ータを収集し、疾病や症状の発現の有無とあわせてさまざまな心理状態での「カオスの形」 を検証することで、指尖容積脈波の多様性と集団属性の違いによる特徴をとらえる試みが 必要であると言える。同時に、性別や年代別、女性においては基礎体温と血清ホルモンに より分けた月経周期別などの比較も行いカオス解析の軸となるデータベースの構築につな げたい。

 また、今回使用した心理指標は得点の高低で心理状態を評価するという一元的なもので あるが、人間の心理や気分、刺激に対する応答、ストレスの種類、程度、強弱はより複雑 で数値で表せるような次元のものではないと考える。生理指標と併せて個人の心理状態を 適切に評価するためには、一つの心理尺度だけではなく多角的な視点から分析する必要が あり、対象者の直接的な言葉を記録しキーワードの抽出やカテゴリー別に分析を行う方法 を取り入れるなどの手法を検討していきたい。疲労感や緊張などCWT の前後で変化がなか った心理尺度に関しては、自律神経系活動指標やカオス指標との関連性の可能性は見出せ たものの明らかにすることはできなかったため、CWT ではなく別の課題や条件を与えるこ とでさらに詳しく検討していく必要がある。

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H.研究発表

  1. 論文発表 なし
  2. 学会発表 なし

I.知的財産権の出願・登録状況(予定を含む。)

  1. 特許取得
  2. 実用新案登録
  3. その他

なし

文献

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  • Antonovsky, A. (1979). Health, Stress, and Coping: New perspectives on mental and physical wellbeing. San Francisco: Jossey-Bass Publishers.
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